揺れるように

ソロ活動の記録とひとりごと

希死念慮には肉

 

 

 

体調があまりよくない。

希死念慮がすごい。

若い頃は死にたいという気持ちが24時間営業のコンビニ状態だったけど、今は気まぐれに営業したい時だけ店を開ける個人経営の居酒屋くらいの頻度になってきた。

気まぐれにやってきた希死念慮に対応するために、アプリで気圧の確認。

案の定、気圧が低い。

「あーそっか、そういうやつね、天気も悪いし。」

「曇ってるだけでなんとなくどんよりするよねー。」

と、なんとかその日はやり過ごしていたのだけど、次の日のお昼頃には食欲もなく、何も食べずに野垂れ死にたいような気持ちになってきたので、スーパーに行ってステーキ用のお肉を購入。

昼過ぎに行ったから3割引で買えた。やったね。

もちろん牛脂も貰って帰ったよ。

家に帰って牛肉に塩胡椒を振って焼いて食べたら希死念慮はどこかに消えたし、そのあと野菜が食べたくなってチョレギサラダも作って食べた。

ちょろい。体調不良なんてこんなもんだ。

未来のあなたは自分の体調不良や希死念慮に対応ができるようになるんだよ、と、17歳の自分に教えてあげたい。

常にゴキゲンでいられるわけじゃないけど、自分でもどうにもできない感情の揺れ動きに振り回されていた過去を思うと、ずっとマシな姿になることができて感無量。

よかった、これは嬉しい。

 

不安になったり、気持ちが揺れやすかったり、ということに対応できるようになってからの人生はとても過ごしやすい。

不安になっても対処ができること、気持ちが揺れるのをありのまま受け止めて、夜は寝ること。

夜が来るということは、いずれ朝も来るということで、よくわからないけど寝て起きたら平気になってた、ということも多々あった。

自分の不調に対応できる、ただこれだけで人生がとても快適。

 

三十年近く生きてきて、今が一番いいと自信を持って言える。

私は、今の自分がとてもいいコンディションであることに自信がある。

今の自分が好きだし、なんだか誇らしい気持ちだ。

努力して努力して、私が自分の手で作り上げたのが今の私なのだとしたら、けっこう力作だ。

よくできた、よく作り上げるのを諦めなかった。

今の自分に概ね満足ができている。

重箱の隅をつつけば細かい悩みや不満は出てくるけど、それはもう、どう生きたって悩みや不満が一つもないなんてことは人間あり得ないのです。

 

もうすぐ三十歳になる。

なんだかとても感慨深く、二十歳の時には感じられなかった節目のような気持ちを感じる。

私にしては上出来なのです。

 

いい三十代にしたいな、という気持ちです。

できるだけ穏やかに楽しく暮らしたい。

このままでいいのかと不安に思うこともあるけど、とりあえず病状が悪化しないようにこのまま生きるしかないのです。

 

 

 

 

 

 

あけましておめでとうございます

 

 

 

あけましておめでとうございます。

 

年明け早々「濃いぃ!」と千鳥ノブの声でツッコミを入れたくなるような濃いぃ出来事が起こっている。

でも、その出来事から逃げるのではなく、真正面から向き合ったら何か得られるのではないかと思い、自分なりに向き合っている。

人に自分のことを伝えようとするとき、こんなにたくさん言葉を使わないといけないのかとびっくりしている。

まだ知らないことだらけ、やったことがないことだらけだ。

井の中の蛙大海を知らず。

 

それはそうと、寒い。

暖冬だと言われているし、今年はあったかいねと話すこともあるし、天気予報でもそう言っている、けど、死ぬほど寒い。

背中にカイロを貼っても寒い、ダウンコートを着ても寒い。

痩せるまではこんなことはなかったように思う。

痩せたらこんなに寒いなんて想定外だ。

タツから出たくない、布団から出たくない。

冷たいものは食べたくないし飲みたくない。

毎日鍋食べたい。寒い。

こんなに寒いことがあるのかと思うほど寒い。

本当に暖冬なのだろうか。

私が着ている服がいけないのだろうか。

なんでこんなに寒いんだ。

体重を増やさなければならないと強く感じるので、今年の目標は「1日三食食べる」にします。

頑張れ私。

よく食べよく寝てくれ。

 

今年は食べることにこだわれるようになりたいと思っている。

今までの人生、食に興味が全くなかった。

それが原因で抑うつになったとき拒食になり、今も体がしんどい。

食に興味がないことが私の人生に大きなマイナスを作っていることに気づいたので、今年はおいしい物を食べに外に出て行きたいと思う。

具体的には決まってないのだけど、おいしい物を食べるために外に遊びに出たことがないので、やったことないことはやってみたいねという気持ちです。

あとは今後の人生も食に興味がないことや拒食系で苦しむのは目に見えてるので、まだ取り返しがつくうちに「おいしいご飯を食べる」ということを身につけたい。。

人としての基礎ができてなさすぎて自分でもびっくりすることが多々ある。

食事は大事だよ。

 

基本的に外に出たくないのですが、今年は少し外に出てみようかなと思っています。

まあ、そんなに遠くにはいけないんですけど。

体調悪いし。

体重が少なすぎて長距離移動に耐えられないし。

私が住んでいる街は飲食店のレベルが高いらしいので、近場でもおいしいものが食べられるだろうと勝手に期待している。

今年はどんなことがあるんだろう。

 

楽しいことがたくさんあるといいな、というか今年はこの手で楽しいことを作る!!!!!!!!!

 

待ってるだけじゃ何も始まらないし、きっかけをくれる人にも出会えない。

私も誰かのきっかけになるかもしれないし、積極的にとはいかなくてもその辺をうろうろしたりしようと思う。

楽しいことは作れる。

 

酷い食物アレルギーも落ち着いたので、ちょっと外食を楽しんでみようと思う。

楽しみ。

今年はチーズナンと鰻とラーメンを食べるのが目標です。

頑張ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

良いお年を

 

 

今年はいい一年だった。

療養以外は何もしていないし、体調も回復したとは言えないけど、スキンケア用品をリニューアルしたり、コスメを選び直したり、なにより食事の大切さがわかってきた。

「この生き方で良かったんだ」と強く感じたし、誰かに流されることなく自分で舵を取り続けたことで、「最善の選択ができた」と確信が持てた。

今ここに生きてることも過去のことも、全部自分で選んだことだと思う。

 

来年はいよいよ30歳になります。

よく食べよく寝てよく歩いて、楽しいこといっぱいやりたいです。

待ち焦がれてた30代がやっときてくれるよーー。

今までの苦しみをチャラにするくらい、絶対楽しいことをたくさんやるぞと意気込んでいます。

私の人生をショートケーキに例えると、最初に食べたイチゴが腐っていたんです。

腐ったイチゴの部分をなんとか食べきったから、後はあま〜いクリームとスポンジの部分を食べます!

腐ったイチゴだけ食べて甘い生クリームのところを食べないなんて許さないぞ。

 

では、あま〜い生クリームとスポンジの部分にいかせてもらいます!

皆様も何かおいしいものを召し上がってください。

皆様の人生もおいしい部分がやってきますように!

 

 

良いお年をお迎えください🎍

 

 

 

 

 

 

結婚したいのかしたくないのか分からないけどとりあえず今の生活に結婚をねじ込む余裕はない

 

 

 

どこ見ても結婚のニュースばかりでびっくりしている。

芸能人の結婚に関しては、個人的にはひとつビジネスチャンスが増えるものだとも思っているので「みんな令和の顔を狙ってるんだな」とも思った。

でも山ちゃんがぶっちぎりじゃないかなと思う。

 

寝ても覚めても結婚のニュースばかりでさすがに飽きてきたというか。

大きな事件がないって事は幸せな事なんだけど、あまりにも結婚のニュースばかりだから裏では国会でヤバい法案が可決されてないかと不安になる。

あまりにもすぎる。ま〜た消費税上げるとか言ってないだろうな。な。な。

10%、意外とキツいよ。

増税して、所得も上がらなくて、一般庶民はなにかと冷え込んでいるのを打ち消すようにテレビではド派手な芸能人の結婚のニュース。

なんとなく東京オリンピックに似てる気がする。

 

私はブログタイトルの通り、「結婚したいかしたくないのか分からないけどとりあえず今の生活に結婚をねじ込む余裕はない」勢だ。

こういう人、けっこう多いんじゃないかなと思う。

私は障害者で、日々の生活もままならないような毎日を送っているのですが、もうマジで結婚どころではない。

毎日目が覚めたら食事を摂り、夜になったらお風呂に入って日付が変わる前に寝る。

この生活だけで手一杯状態で、その上「拒食症一歩手前なので体重を増やしましょう」と医師からお達しが出ている。

もうほんとうに、文字通り「結婚どころではない」状態だ。

出生率低下とか未婚率上昇と言われても正直、知らんがな、という感じ。

日々の生活で手一杯の人間にオプションが楽しめる余裕はねぇよ。

未婚率上昇も出生率低下も私にダイレクトに関係している事だけど、正直そんなもんに構ってる余裕なんかはなくて、「生産性のない人間ですみませんね」としか返す言葉がない。

いやー、余裕ないね。ハッハッハ。

増税したし。

キャッシュレス決済でポイント還元っていっても期間限定だし、まあ余裕のないことよ。

だからまあ、余裕のある人たちがバンバン結婚してたくさん子供産んで生産性を高めてくれたらそれでいいんですよ。

私にはなにもできることはない。

 

結婚したいかしたくないかということに向き合ってみても、そもそも今の自分にそんな余裕は1ミリもないという結論に着地する。

あれこれ夢を見ても、夢だけで食べていけるほど現実は優しくない。

小室哲哉が「優しさだけじゃ生きていけない でも優しい人が好きなの」っていう歌詞を書いてたけど、まさにあんな感じ。

生きていくこと全般や、もし結婚するにしても、あれこれ夢みたいな譫言は言えても、生きてるだけでゴリゴリハードモードな私はとりあえず毎日食べて寝るだけで精一杯。

力を尽くしてこのザマです、安べ総理、誠に申し訳ありません。

未婚率上昇も出生率低下も私にはどうすることもできません。

お国の力になれない、生産性のない障害者です。

ハラキリ……。

 

生産性のない障害者ですがそれはそれとして、私は生きていきます。

今すぐにでも死ねたら理想だけど、この国に安楽死はないし、自殺も過去二回失敗してもう無理です。

生産性が全くないけど毎日楽しく生きていこうと思います。

自炊をしたり、本を読んだり、景色を見て散歩したり、音楽を聴いたり、病院に行ったりします。

普通に年越しもするし、年越し蕎麦も食べるし、お雑煮も食べます。

年明けセールで狙ってる服もあるし、来年は来年で目標があるし、やりたいこともあるし。

生産性はないけど、普通に生きます。

障害者だって人間だし。

もちろん食べたら💩もするよ。

 

まあこうやって考えると、結婚はしたい人はすればいいし、したくない人はしなくていいし、余裕がない人は考えなくていいんじゃないかと思います。

無理なものは無理、人間の基本です。

生産性のない人間だけど、これからも楽しく生きていくし、面白いことは好きだし。

障害がありながら、文句を言いながらも、なんとな〜く楽しく毎日を送るんだろうなと思います。

結婚するしないに関係なく、ひとりの人間として明るく楽しく生きていける状態を作り出したいので、来年も生産性は低めの状態をキープしながら個人の人生を彩り豊かにするべく頑張ります。

 

ものすごい嫌味な記事を書きたかったのに結局明るく締めくくってしまった。

私はそういう人間だ。そういう障害者だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年振り返り②

 

 

 

次から次へと趣味のことで忙しない年末。

自宅療養って優雅でしょ?って言われたらぶん殴っちゃう。

優雅というか、毎日ご飯を食べてお風呂に入って日付が変わる前には寝る、この生活パターンを維持しながら食事を用意したり簡単な家事をやるだけで精一杯。

たまに元気な時に散歩をするけど、やりすぎると次の日からまた動けなくなるのは体重が少な過ぎるから。

この間病院に行って「このまま拒食症になる人多いよ」と言われてからなんとか頑張って食事をしっかりとるようにしているけど、「頑張ってたくさん食べる」ってなんなのかね。

食事ってそもそも頑張ってやることだっけ?みたいな気持ちが拭えない。

食に興味がないもんなあ。

 

毎日の生活に加えて年末は趣味大洪水で、できれば12月があと一週間増えてほしい。

読み切ってない本も聴いてない音楽もまだたくさんあるよ〜。

 

とあるミュージシャン(以下Aさん)を長年追っている

ここ数年、Aさんの活動が極端に少なくなった。

最後にライブを行なったのはもう3年前のことで、それっきりブログもTwitterも動きはない。

FacebookmixiをやればAさんの生存確認ができるけど、プライベートは知りたくないし知られたくないのでアカウントを持っていなくて、Aさんがどういう活動を今後やっていくのかも、今どうしてるのかもさっぱり分からない。

なんとなくAさんと疎遠になっていく中、別のミュージシャン(以下Bさん)がここ最近は動きが多い。

ああ、移り変わりだ、と思う。

Aさんのことが嫌いだとかそういう気持ちはないけど、今は無味無色のような気持ちの中、Bさんの歌を聴いた時に、かつてAさんの歌を聴いた時に感じていたようなきらめく気持ちを感じることがある。

時間が経ったんだ、何かが変わるんだと強く感じた。

 

Aさんは私の中で絶対王者だったのに、10年以上経って、その地位に揺らぎが出てきた。

生き物として、人間として、私の根本的な部分が少しずつ変わっていってるのかもしれない。

生きている限り人間は変わり続ける生き物だなんて知らなかった私は、長いこと「Aさんこそ全て」で生きてきたけど、今はわりとラフな感じでいろんなものに手を出して、できるだけお金がかからないように趣味を楽しんでいる。

これでいいのかもしれないなあ、と思う。

 

心身ともに無理がきかないので、趣味の楽しみ方も変わった。

人間だから、やはり生きてる限り少しずつ変わってしまう。

Bさんの歌には曖昧な部分があって、Aさんの歌のように自分の気持ちにぴったり重なるというわけではないんだけど、今はBさんの歌を聴いているのが心地よい。

ちょっとAさんの歌から離れて、いろんなものを見たり聴いたりしてみたいと思う。

 

人間、ずっとこうだということなんてないんですよ。

変わらないと思っているのは本人だけで、周りの人から見たら随分と変わったように見えることもあるし、生きてる限り日々少しずつ前進しているのです。

Aさんの歌にきらめくような気持ちを感じなくなった今、「変わっちゃったなー」と思う反面、それが悪い意味でないことに気づく。

いい意味で変わることも必要だと思う。

「相変わらずだね」という言葉をいただいて喜ぶことができないのは、過去の自分があまりにも不出来だったからで、私は過去の自分に満足がいってなかったのでしょうね。

「私は相変わらずだよ」と年賀状に一筆添える人もいれば、私のように「相変わらずだね」という言葉に納得がいかない人もいる。

容姿もそうだけど、中身、体型、服装に関しても「変わらない」ということに喜びを感じる人もいれば、「変えたい」とがむしゃらにもがく人もいる。

Aさんの歌に出会ってから約13年、私はAさんの歌に支えてもらいながら変わろうともがいて、いよいよ変わってしまったのかもしれない。

昔着ていた服がある時を境に似合わなくなるように、Aさんの歌も、今の私にはなんとなく似合わないのかもしれない。

そのへんを来年よく見直してみようと思う。

 

私はずっと「もしAさんの歌が好きではなくなることがあるとしたら、私が私ではなくなったときだ」と強く感じながら生きてきたけど、ここ数年はずっとAさんの歌に執着もときめきもなく生活している。

今年は特にその傾向が顕著で、正直Aさんの歌よりももっと明るいものを欲する自分がいた。

Aさんの歌はAさんの歌でとても素晴らしいけど、今の私にはなんとなく寸足らずだったりする。

もっと明るいものを欲している自分には出会ったことがないから、ここからはやったことのない自分の人生が待っている。

初めてのことだらけだ。

 

私が根本的に変わったのではなく、単に「変わったわけではないけど明るくなっただけ」とか、そういう変化だといいのだけど…。

どうなっているんだろう。。

どうなったのかは来年のお楽しみ。

いろんなことを試してみよう。

 

 

 

 

 

 

 

2019年振り返り①

 

 

そろそろ今年が終わるので、振り返りとまとめを兼ねていろいろ書こうと思います。

 

今年、とにかく肌にお金かけたいモードになったのでまたスキンケア用品の見直しをしました。

コスメにお金をかけるより、基礎化粧品にお金をかけたほうがコスパがいいことに気づいたので、とにかく基礎化粧品にお金をかけた。齢29歳にして知ったけど普通に遅すぎると思う。

化粧水とクリームを新調。

普段は洗顔後、馬油(夜だけ)→プレ化粧水→化粧水→アイクリーム→美容液→クリームの順にお手入れしてて、馬油をやめると途端に肌の調子がおかしくなるので、絶対絶対何があっても地球が割れたとしても馬油はやめない前提で化粧水を探しました。

アルコール過敏症と果物アレルギーを併発しているとかなり選択肢が狭まる。

アルコールフリーを謳う化粧水にはだいたい果物エキスが入っていて、成分見ては諦めてを何度か繰り返した後に成分面で完璧オッケーだったのがイプサ。

実は何年か前に「イプサ使っとけば間違いない」というブログを読んで「いや、高すぎて無理」みたいな、もう人生で何度やってるかわからない「私には相応しくありません」的な拒絶をしてしまっていたイプサ。

「相応しくないことなんてありません!」と心の中で叫びながら、私の自尊心を破壊する鬼を撃退するように楽天スーパーセールで購入しました。

結果、肌がかなりよくなりました。

なんというか…。。

私は頬の毛穴が開いてる感じだったんですけど、だいぶ閉じてくれてるし、化粧してると皮脂でギトギトテカテカになってたのが、まあ許容範囲かな…くらいのテカテカになりました。

生理前の肌荒れが酷かったけど、生理周期とか関係なく肌の調子が整いました。すごい。

とりあえず今のところは化粧水はイプサで固定しようと思います。

高いな〜とは思うんですけど、私は肌が汚いほうなのでちょっとお金かけてもいいんじゃないの?という気持ちと普段の節約と楽天スーパーセールに頑張ってもらいます。ポイント還元率が高い時か、送料無料になる時しか買いません。ドケチ。

 

クリームも新調しました。

とりあえず試してみようと思って買ってみたキュレルのフェイスクリームが大当たりでした。

つけた翌日から毛穴が閉じて肌がしっとりして化粧ノリがよくなる。なんだこれは。

安達祐実メイク動画を見てて「私もジャータイプのクリームを使いたい」と思ってジャータイプのクリームを試しに買ってみたらものすごい当たりを引いたので、ラッキーレディーだなと思います。

元のレベルが低すぎるのもあるけど。

クリームが冷たいと顔に広がらないから、とにかく塗る前に手のひらで温めて温めて温めて塗る、みたいなのを心がけています。

2年前までニベアを使っていた人間なので「クリームが伸びない」という現象を初めて体験しました。

べちょべちょに伸びるニベアが懐かしい。。

 

あと、洗顔とクレンジングで肌を擦らないことを意識したらすごい変わった。

私は今までなにをやっていたんだ…なん、なんなんだ、洗顔って擦らなくていいのか(そうだよ)

よく「泡を転がすように洗う」って言われてるけど、私はコロコロコロコロ転がしてたな…。。

そんなに転がさなくてよかったことに気がついた29歳。何もかも遅いこと極まりない。

 

肌の調子に関しては、ほんとうに一年でかなりよくなりました。

2年前の自分に今の自分を見せてあげたい。

2年あったらだいぶ変われるんだなあと感じました。

いい方向に変えられてヨカッタ。

 

毎朝卵を食べるとか、朝ごはんを食べるとか、一日三食食べるとか、夜は寝るとか、そういう、人間の基礎みたいなものを頑張った一年だったように思います。

今年一年で負の遺産もなくなりました。ヤッタネ!

まあ私の場合は、病気が爆弾級の負の遺産と言っても過言ではないのですが、それは仕方ないとして金銭面のマイナスをゼロにできました。

とりあえずよかった。

私は自分の力でこれをやりたくて、もがきながら生きてたようなもんだ。

さらば奨学金

 

常々「生きててもいいことがない」みたいなことをぶつくさ呟いているのですが、こうやって振り返ると、いろんないいことがあったなと思えてきますね。

来年はなにをやろうかな。

 

 

今年はいろんな趣味がリリースされて忙しかったです。

今年聴いたオススメの曲を紹介しようかと思ったけど、普通にそういう自己開示が無理なのでやりません。

なんだろうな〜、化粧品はいいのにオススメの曲はダメなんだな。。

ほんと今年は趣味に関しては豊作という言葉がぴったりで、今の自分に合うものに出会えて嬉しかったです。

なんというか、気持ちが少しずつ前向きになってきていて私はとても嬉しい。

元来私は前向きなタイプだけど、2年前に鬱になってからなんとなく後ろ向きになってて、体も壊れて動ける範囲も狭まってとても心身共に辛くて。

いつ動けるようになるのか、いつ遊びに行けるのか、働けるのかも目処が立ってないし、体型も変わって拒食脳になって…みたいなことがとても辛かった。

おいしいものをお腹いっぱい食べる自分に戻れるのか、標準的な体重の自分を愛せるのか、今は全然分からないけど、とりあえず快方に向かうことを信じて生きていこうかなという気持ちです。

 

来年はどこかに遊びに行きたいと思うものの、まだ体の調子がよくならないので無理かなあと思っています。

今年は丸一年「日常生活を頑張る」という目標があったから遊びに出てないけど、体重が増えて可動域が増えたらまたどこかにふらっと遊びに行きたいな。

友達にも会ってないけど、今は無理なので。

まあ、年単位で治療する病気だから長い目で見ましょう。

 

今年はイプサの化粧水に手が届いて嬉しい一年でした。

こうやって、「自分には無理」という呪いをかけていたのを解除してあげ続けることで、未来の何かがいい方向に変わるのを期待してるよ。

目の前の何かで言うと肌の状態がすこぶるよくなったし、きっと未来のこともなんかいい方向に変えられると思います。

自分で言うのもアレだけど、お綺麗になりましたよ。

 

この歳まで生きてこられると思ってなかったので、神様にもらったボーナスタイムだと思って楽しんで生きていこうと思います!

普通に死んでてもおかしくなかったけどなんとか生きてるのは奇跡だと思うし、それだったら生きててよかったなって思える方向に舵を取り続けたい。

余生だと思ってゆるゆると過ごすのもいいと思うし、ボーナスタイムを満喫するのもいいし、まあなんにせよ楽しく生きていこうね、と自分と約束しています。

来年三十歳になりますが、野生のバケモノみたいな時期を経て人間になれたので、次はどうなるんだろうとワクワクしています。

ここまで生きてることを想像したことがなかったから、もう私の中では一大事!

三十歳がくるよーー。

できるだけ痛くない、悲しくない方に舵を切りましょう。

迷ったら楽しい、明るいほうへ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悲劇のヒロインも悪くない

 

 

「悲劇のヒロイン」という言葉がある。

「なんで私ばっかり」「どうして私がこんな目に」「私は背負ってるものが大きすぎる」と嘆いたり、不幸であること自体に酔ってしまっている人のことを指すように思う。

友達にいたらちょっと迷惑、だけど羨ましくもあるような存在。

「私が悪い」のではなく「私に降りかかった不幸が悪い」だけで、自分に非が一切ないと思っているところとか、非があったとしても改める様子も改心もしないで図太く生きていけるその精神、羨ましい限りです。

 

私は昔から「悲劇のヒロインになるな」と言われ続けて生きてきたので、自然と前だけを向く人間になった。

どんなに転んでも前しか見ていないので、大病していることが全く相手に伝わらなくて「見た感じ大丈夫だから」というズブの素人の判断で倒れるまで仕事を辞められなかったことがある。

悲劇のヒロインになれないとどうなるかというと、外側にいる誰のことも責められないから過剰に自分を責めるんですよね。

その結果が自殺という手段で表される。

もう最悪なんですよ。

 

自殺するくらいなら精一杯悲劇のヒロインをやったらいい。

図太く図々しく誰かのせいにして生きていけばいい。

自殺するよりよっぽどマシだし、賢い生き方だと思う。

自殺するくらいなら不幸に酔いしれていればいいとも思う。

過剰なまでに前向きでいること、いさせられること、前を向かざるを得ないことで自殺を経験した私には、前を向かず現状維持に努め、自分の非を改めず改心もしないで生きていくことが「その人の身の丈に合った生き方」だと思う。

がむしゃらに前に進もうとして自殺するくらいなら、不幸という酒に酔ったままその場で一時停止していればいいと心から思う。

死なないでいてくれたらそれでいい。

 

悲劇のヒロインでいられる人、羨ましいです。

とても羨ましい。

死にたいとは思っても死なないでしょう?

私は悲劇のヒロインを脱出して、人生自力で頑張ろう、どうにかしようと前向きになってから、自殺が人生の選択肢に入るようになり、実際に自殺を図ったことがあります。

悲劇のヒロインでいていいんです。

死なないでいてくれたらそれだけでいい。

明日も明後日も生きられるなら、美味しいもの食べて日光浴びてお風呂に入って布団で眠れる。

生産性なんかなくても生きていればいい。

前向きになって努力と改心を続けた結果、強いね、幸せそうだね、と現実の自分とは乖離した言葉をかけられ、「大丈夫そうだから」と退職させてもらえず、挙げ句の果てに自殺しその後も体を壊し健康に生活ができなくなってしまう、私のような命を軽視する愚かな人間にならなくていいならそれほどの救いはない。

前向きにとか、頑張ったほうがいいとか、みんなは当たり前にそう言うけど、ハンデがある人がハンデがない人のラインまで頑張ることって、並大抵の努力では埋められないのです。

その結果自殺が待っていた私は、無職の友人に対して安易に「頑張れ」とは声をかけられない。

かける資格がない。

自殺未遂に対して「実際に死んでないからオールオッケー」とは全く思えない。

取り返しのつかないことをしたのは確かだし、自分という人間を殺しかけた、いわば殺人未遂と何の変わりもない。

自分の命の軽視は親不孝の極みだし、この世に産んでもらった身分で自ら死ぬなんて、命のありがたみも大切さも一切分かっていない人でなしと同じだ。

矛先が自分だったから問題になっていないものの、矛先が他人に向いたら他人を殺す可能性もある。

 

死ぬこと以外はかすり傷なんて言葉は出せない。

私が自殺未遂を起こして死ななかったのは運とタイミングが良かっただけで、運とタイミングが悪ければ死んでいた。

運とタイミングは誰にも見えないしコントロールできない。

「頑張れ」って、「前向きに考えて」って当たり前みたいに簡単に言うし、書店に行けばそういう本ばかり並んでいるけど、安易に他人から出されたその言葉に感化されて自殺を図った身としてはたまったもんじゃない。

だから私は悲劇のヒロインの友達を受け入れるし、悪く思わない。

むしろ、死なないように賢く生きられているなと感心する。

他責ができるならできる限りしたほうがいい。

自責の積み重ねは最終的に自殺を引き起こす。

そのへんの人とかもう会わない友達を嫌ったり恨んだりして、その人たちの悪口をつまみに酒を飲んで生きていてくれるならそれが一番いい。

 

悲劇のヒロインもなかなか捨てたもんじゃないんですよ。

前向きに生きて、ある日突然自殺するバカよりよっぽどマシ。

楽しいよ、元気だよ、充実してるよ、って目の前の人に出した言葉、全部建前だからね。

本音を隠し続けて、自分の気持ちを押し殺して、その結果自殺してしまうなら悲劇のヒロインでいてくれていいから生きていてほしい。

他責の癖があるのもなかなか悪いことではない。

自殺するくらいなら、不幸という酒に酔ってでも生きていてくれたほうがいい。

悲劇のヒロインでいられるならいてほしい。

私はそうなれなくて自殺して体を壊して、ツケを払うのにあと何年かかるかわからない。

私みたいになるくらいなら、ずっと不幸に酔っててもいいんですよ。