揺れるように

ソロ活動の記録とひとりごと

未熟な女が母になり、神経症の子供を作る

 

 

私の母は、小学生だった私に旦那と旦那の実家の愚痴を延々と語るような人だった。

私はその時の経験から結婚願望が消え去り、今も今後も結婚するつもりは全くない。

親戚は、まだかまだかとうるさいけれど、いつこの事実を公にしようかということを考えている。

 

親の影響ばかりに縛られるなんて、と人は言うけれど、親の影響、幼少期のトラウマは大きい。

私は障害者になり、普通の生活を普通に過ごすことすらできなくなった。

 

誰も、小さな私の心に傷をつけても謝らなかった。

開き直りはするけれど、ごめんなさいなんて誰1人口にしたことはない。

薬の副作用で太った私に遠回しにデブといった祖父も、私の化粧が気に食わなくて「その眉毛はダメ!」と口を出してきた祖母も、障害の重さを知らないで普通のことを強いる親戚も、誰も私に謝ったことはない。

もちろん母も、私に謝ったことは一度もない。

 

 

私は幼少期の私を救うために生きている。

誰かのために生きているわけではない。

血の繋がりのある人物から貶され続けて心が死んでしまった自分を救うために生きている。

 

自分の非を認めない人間は滑稽で、自分に非があって相手から嫌われると被害者ヅラをする。

それは私の親戚一同の態度で、正直病的な考え方だと思う。

 

なんらかの生きづらさが連鎖している、と感じる。

誰にも本音を言わない私を、誰も咎めないし、そもそも本音を話していないと思っていなくてゾッとする。

 

 

健全な家庭に、健全な家系に生まれたかった。

誰も恨まないとは常々思っているけど、両親が仲のいい家庭に生まれた友人のことが本当に羨ましい。

私は生きていく上で「自分の家族」という土台が整っていなかった。

土台が当たり前に整っている人たちが羨ましい。

 

今から私は私を救うために生きていくけど、そこに他者を介入させる気はない。

私が私の問題を全て自力でクリアして、土台を整えた時初めて他者が介入できる。

 

小学生の私は親の言動で結婚願望をなくした。

それなのに結婚はまだかまだかと、いやお前ら正気か、と。

いつ親戚一同にこれを話すか、いつ公にするか、そんなことを考えている。