揺れるように

ソロ活動の記録とひとりごと

アルハラ家系で育った

 

 

 

 

うちの家系は田舎の酒飲みの家系で、母は未成年の私に酒を飲ませたし、叔母からは「飲まない」というと「つまらない」と嫌味を言われた。

その嫌味が嫌で嫌で、好きではない酒を飲んだ。

酒を飲み始めてからやめるまで、酒のうまさは分からなかった。

酒の楽しさも分からなかった。

私は「酒が飲めて楽しい」大人たちからそれを押し付けられたけど、「酒が好きではない人間」だった。

 

そこそこ大人になって、自分の意思で酒もタバコもやらない人に出会った。

その人はとても面白い人なのに、「酒もタバコもやらないし、自分はつまらない人間ですよ」と言っていて、私は「そんなことないのに!!!!!」と、とても驚いた。

 

 

酒を飲むことは楽しいことだけれど、それを楽しくない人に押し付けるのはアルハラである。

私はアルハラ家系で育ち、何年か飲酒を続け、最終的にアルコール過敏症を発症し酒をやめた。

飲まない、と意思表示すると嫌味を言われ、私の意思は尊重されなかった。

酒を飲まない人をつまらないと思うなら、周りの酒を飲まない誰も彼もにつまらないと言えばいい。

私が大人に逆らえない子供だったから面と向かって「つまらない」と言われたのだろう。

 

 

私にとって酒は害悪で、アルハラ家系も害悪だった。

 

 

未成年の子供に酒を飲ませるなんて虐待まがいなことをしても、うちの親は自分をできた親だと思っていて、寒気がする。

マトモな親は未成年の子供に酒なんか飲ませないよ。

 

私はアルハラ家系で育った。

だから酒を飲まない、飲みたくない他人には寛大で、飲まないならそれでいいよねというし、酒を強要することもない。

自分が味わった地獄を繰り返してはいけない。

 

 

酒とタバコは害悪だし、やらないに越したことはない。

どちらも身体を壊す元。

酒を飲まないこと、飲みたくないことが受け入れられなかったことを悲しく思う。

 

ビールはうまい、と何度も言われ、何度もビールを飲んだけど、私は一回もビールを美味しいと思わなかったし、酒自体の良さもわからなかった。

ただ自分を慰めるために、弱々しい自分を毛布でくるんであげるために酒を飲むようになったけど、その毛布はカスカスのボロ毛布で、温もりは長く続かなかった。

ひと時ののまやかしのような温もりを手にするために酒を飲んだ。

弱い自分を見ないために、自分に向き合うことを拒否するために酒を飲んだ。

弱い自分から目を背けても、根本的な問題は解決しない。

一時しのぎのゆるやかな地獄はなにも救ってくれない。

私は酒をやめた。

体も壊れたし、酒を飲むこと自体が自分に向いているとはとても思えなかった。

 

父は酒とタバコを好んで早くに亡くなったのだけど、私は、父はこのカスカスのボロ毛布で暖をとり続けて体が冷え切ってしまったのだと、ゆるやかな地獄から逃げることができなかったのだと悲しく思う。

私によく似た父を救えなかったこと、母と家庭を築いても父の根本的なさみしさは埋められなかったことが、父の子供として悲しい。

お父さん、私が生まれたことではダメだったのかな?

 

酒もタバコも一時しのぎの優しさしかくれない。

浴びるようにやっても溺れても、得られるものが少ない。

弱かった私はどんどん溺れていったけど、それを自分の手で断ち切ったら未来が明るくなった。

自己破壊なんてしていいものじゃないし、タバコはうまいものじゃない。

酒だったそうだ。少なくとも私にとってはそうだ。

 

祖父は癌を患った父に「少しだけ」と言い酒を飲ませた。

血の繋がった祖父のことが憎くて仕方がなくなったし、酒に囚われた人間はこんなことになってしまうのかと、大変悲しく思ったのをおぼえている。

父の命が、その一口の酒で削れていくことを想像できない祖父。

義理の父親に勧められて飲む父。

悲しくて悲しくて仕方がなかった。

なぜ娯楽品の酒を、身体を壊してまで飲まなければいけないのか。

父は癌で、先が長くないというのに、なぜ酒を飲ませるのか。

祖父は父をどう思っているのか。

同じく癌を患った祖母には酒を飲ませないのに父には飲ませるのはなぜなのか。

 

 

考えたらきりがないけど、私はアルハラ家系で育った。

親族は皆、酒が好きだ。

私はアルハラ家系で育ち、酒が大嫌いになった。

酒もタバコも、やらないに越したことはないよ。

娘でありながら父の根本的なさみしさを埋められなかったこと、自分も同じ道を辿りかけたけど自力で断ち切ったこと、そんなことを考えながらお盆を迎えている。