揺れるように

ソロ活動の記録とひとりごと

自責の念、白い恋人

 

 

 

人並みに生きられないこと、精神障害者であること、一般就労は不可能と診断書に書かれたこと、日常生活もまともに送れないこと、人に迷惑をかけていることがぐるぐる、かわるがわる押し寄せてきては引いて、を繰り返している。

私が病気になったのは、2歳半の頃に起こった出来事が原因だけど、誰も故意に精神障害者にしてやろうと思ってやったわけじゃないことだ。

私のストレス耐性が低過ぎたことと、感受性が豊かすぎたこと、考えすぎる性格、遺伝、おそらくそのあたりが、その出来事と相性が悪かったんだと思う。

じゃあ私が悪いのかといえばそうでもなくて、誰を責めることもできない自分の負債に、ただただどうすることもできないでいる。

 

誰かを責めて解決できたら私の負担はなくなるけど、それでは根本的な解決に繋がらない。

それは分かっているけどじゃあなんで、どうしてこんなことになってまで生きていなければいけないのかという気持ちになる。

誰も悪くないけど、私も悪くないよ。

 

 

 

前の会社でお世話になった人のことを思い出しては、憎む気持ちとお世話になったことへの感謝が交互に押し寄せてきて気が狂いそうになる。

せめてどちらかに振り切れてくれればなんとかなった、いっそ乱暴に抱かれてでもいればよかったと思う。

きっとそうだったら今頃私はその人の悪口をたくさん言えている。嫌い、大嫌いという気持ちに振り切っていられる。

感謝にも憎しみにもどちらにも振り切れない気持ちに挟まれて毎日毎日気が狂いそうになりながら、それを紛らわすために白い恋人をたくさん食べている。

食べても食べても体重はそんなに増えなくて、むしろ食べてやっと維持できるくらいで、自分が生き物として弱っていることを感じる。

 

 

それでも学生時代と比べたらこんなものは屁みたいなもので、苦しい思いをしすぎて感覚が麻痺しているのか、大したことないな、と元気に生きていることもある。強がりだけど。

家族も、もがき苦しむ私をみても、大したことないと笑う。

誰に何を伝えても、今の私の苦しい気持ちに対して、そうなんだね、つらいね、とは返ってこない。

私は周りの人の気持ちを否定しないけれど、普通に周りの人から否定されるのでクソだと思う。

人に優しくすることなんて世界平和に繋がらない。

 

 

友人から手紙をもらったが、自分の結婚の話がたくさん書いてあったのと、今自分のためにでも動くことができない私へのお願いや、早く元気になってねという言葉が並んでいて、重圧になりすぎて、シュレッダー鋏で切って捨てた。

どんなに私のためを思われても、今はただ話しかけずにそっとしておいてくれるのが一番だと感じた。

早く元気になってね、と言われると「早く元気にならなきゃ」と焦ってしまう。

早くしなきゃ、と幼い頃から焦ってきて、それから解き放たれるための時間なのに落ち着くことができない。

 

 

 

 

ただひとりで自分のことを考えて、少し内省したりこの先のことを考えたい。

かわるがわる訪れる、心を押しつぶすような気持ちと、どうして私は普通に生まれ育つことができなかったのかという気持ちでいっぱいで、今はなにも考えれない。

周りの人は、物を書く才能があるねとかなにを言っても返してくれるねとか言ってくれるけど、そんなものなくていいから精神障害者になりたくなかった。

普通になりたかった。だめだった。

受け入れて生きていくことも苦痛を伴う。

時々こうやって死ぬことしか見えなくなるけど、冷蔵庫にある白い恋人を食べることでなんとか平穏を保っている。