揺れるように

ソロ活動の記録とひとりごと

デリカシーのない年配の方々

 

 

 

ここ2年くらいずっとさみしいと思いながら生きている。

なんでかというとまあいろいろあってそれで心に穴が開いてしまったんだけど、全然埋まらないし埋められなくて、いつまでこんなさみしさに飲み込まれて生きていくんだろうと思って途方にくれることがある。

日が暮れるとそれが強まってくるし、追いかけてきたものに飲み込まれてしまう感じで、なんとなく夜が嫌いになった。

ここ2年くらいでいろんなことが変わって、自分の外見も中身も変わって、ちょっと待ってくれと言いたい。

そんなに早く進まれてもついていけないし。

 

なんで生きてるんだろうな?と考えてしまうことが増えたんだけども、別に生きてることに理由とかはなくて、生まれて死ぬまでなんか楽しいことやりましょうやというのが人生なのかなと最近思うようになった。

成長途中で障害を持ってしまったのでもう普通に生きていくことはできないんだと思うけど、最近は、普通にできないなんてラッキーじゃん!とことん好きなように生きていったらいいじゃん!と思うようになった。

 

普通に生きて普通に幸せになることを万人に求める風潮がまだ消えないけど、私は最初の条件で普通ではないから、無理にその普通をやることもないのかなと。

普通に生きてくことだってものすごく大変だと思うし、普通に普通にって聞いてるだけでも反吐が出そうになるのにそれを求められる年頃の女性とかほんとに地獄みしかない。

前の職場で「結婚して子供を産みなさい」とか「働けないなら子供を産めばいい」とか言われたけど、私が根本的に子供を産めないことは清々しいほどに無視だったので、適齢期の雌だと思われてそれを押し付けられるのは地獄だと感じた。

働けないから子供を産むってどういう感情だよと思うけど、この街の40代から上はそういう考えをする人が圧倒的に多いのだろうなあ。

 

 

病気になって、母親から「あんたは子供は無理よ」と言われたのは中学生の時で、幼いながらに「あー私子供産めないんだ」と思ったけど、その当時はそんなに大きなトピックではなかったように思う。

というか、適齢期の雌であるだけでこんなにもオッサンオバさん&ジジイババアから産め産めと不躾に言われるものだと考えたことがなかった。

(めちゃくちゃデリケートな話題を土足で踏み荒らすんじゃねえよ…。)

 

特にババアはめちゃくちゃうるさいのである。

 

 

ババアとか言いたくないし普段は言わないけど、私の事情を知らずに不躾なこと言ってくる女は全員ババアだよ。(暴論)

一時は産めない私が悪いんだと考えていたけどどう考えてもデリカシーのないオッサンとババアが悪いのである。デリカシーのないオッサンとババアは義務教育を受けたのだろうか。なぜそのデリカシーのなさで社会保険に入れるのだろうか。ヤバくない?デリカシーのないオッサンとババアはヤバい。

 

 

 

私は自分より若い子たちにデリカシーのない発言はしたくないと感じた。

そこそこいい年になった大人でデリカシーがない人間はヤバい。全員ヤバい。

 

私は年齢のことでオッサンとかババアとか、そういう言い方をするのを好まないのですが、自分に不躾な矢が向けられて初めて「ああ、オッサンとかババアというのはこういうデリカシーのない年配の方々を敬う言葉なんだな」と思った。

 

 

実際に「子供が産めない」とカミングアウトすると目の前の人の顔が非常に歪むのでなるべくしたくないと思う。

かける言葉がない、という雰囲気を作り出してしまう自分の異質感と、かける言葉がないくらいのことなんだなあと思うのがしんどい。

 

デリカシーのない年配の方々にどう伝えるかは今後の課題なので、散歩でもしながら考えます。