揺れるように

ソロ活動の記録とひとりごと

適量のチーズ

 

 

 

 

 

ここ数日、ムシャクシャしている。

なぜなのか全く分からない。

ムシャクシャしているのでとろけるチーズを食べている。

 

ムシャクシャしたりイライラするけどなかなか外に出せない性格なのでひたすらハイカロリーな食べ物を意識的に食べている。

食べているっていっても普通の人の普通の量よりかは全然少ない。

昨年の過労以来、胃が小さくなったのか、たくさん食べられなくなった。

ストレスにより胃が弱っているのを体感している。

 

なんかもうムシャクシャして仕方がないのでとりあえずチーズを食べる。

とろけるやつじゃないとだめ。

固形のチーズはなんか違う。

あつあつの、とろけるやつがいい。

 

胃が弱ってるときにチーズ食べるのはよくない気がするけどストレスに耐えられない。

けど拒食症になりかけで太るのがとても怖いので適量にとどめている。

暴食ではない。

ただ健康的にチーズを食べているだけである。

食でストレスを発散することもできない。

 

 

 

ここ最近はピザやパスタ、チーズやカレーなどのハイカロリーな食べ物を体が欲していて、それは、なんとなく毎日を過ごす中で溜め込んだストレスの量と似ていると思う。

ストレスか、ただ単に栄養不足なのかどっちかだ。

どちらか分からないし、どちらもあるかもしれないけど、今はもうハイカロリーの虜。好き。結婚して。

かなり虜だけど、「太りたくない」という気持ちが先行しすぎて食べている時もかなりいろんなことを気にしながら食べている。

次の食事は軽めにしようとか、明日は軽めにしようとか、運動しようとか、とにかくざざっと食べる前に「元の体重にプラスにならない方法」を考えてから食べる。

そんな細かいこと気にせずに食べたいだけ食べてストレスフリーなほうが生きてて楽しいんじゃないかと思うけど、私も自分ではこれをどうにもできなくてしんどい。

 

痩せてたって太ったって一人の人間であることは変わらないと分かっていても、今より体重が多かったころは他人からのあたりがきつかったことを思い出してしまって、またあんなふうに色々体型のことを言われて拒食になるなら、今、目の前のチーズを我慢して食べずに痩せているほうがいいと思ってしまう。

 

太ったって痩せたって同じ人間だって分かってるけど、標準体重くらいになっただけでみんな体型のことをあれやこれやと言ってきて、全然同じ人間として扱ってくれないじゃん。

嘘つき。嘘つきすぎる。

それを体験したからもう二度と太りたくない、今より痩せるのは全然いいけど二度と体重を増やしたくないと思う。

好きなものを食べて好きなように生きていけばいいけど、カロリミットのCMは「いっぱい食べる君が好き」じゃなくて、「いっぱい食べても太らない君が好き」説みたいに、体型ひとつ取っても世間的な制限みたいなものが世に蔓延ってて、それに毒されてみんな強迫的なダイエットをしたり、私みたいにシンデレラ体重を切ってても怖くて太れなくなるのかな。

 

もう痩せなくてもいいし、体がSOSを出してる日もあるけど、今日もカロリー計算をしたし体重計に乗った。

このまま突っ走ると確実に落ちるとこまで落ちるので、ギリギリのラインを引いてなんとかコントロールして、落ちないように生きていきたいと思う。

 

高校生の時、保健室の先生が「あなたは拒食症になる性格をしているからダイエットなんかしたらダメよ。拒食症になった子をいっぱい見てきたけど、一日にごはん茶碗一杯も食べられなくなってガリガリに痩せて、それでも幸せって言うの。」ということを言っていて、「そうなんだダイエット怖いな、やめとこう」と思って、わりときちんと「なりやすい性格だから気をつけて生きてきた」という自覚がある。

自覚があるからこそ「そうなりかけていること」がつらくて、いかに自分でどうにもできないことなのかを痛感している。

 

痩せたいと思っていることも、食事でストレス発散ができないことも、体重のことを気にしすぎてずっと痩せていなければいけないって強迫観念的なものがあることも、全部全部むかつくし悲しい。

痩せていれば美しいなんてなんて短絡的な思考なんだろうと自分に呆れてしまうけど、それを自力でコントロールできなくなる「病気」なのだと思うと、つらくて怖くて仕方がない。

私はいつ体重のことを気にせず食事ができるようになるのだろうか。