揺れるように

ソロ活動の記録とひとりごと

呪いを解いたら

 

 

 

 

 

資生堂から発売されているスキンケア用品に「dプログラム」というものがある。

ドラッグストアなどで売っている。

定価で買うと化粧水も美容液も乳液もだいたい単価4000円くらいで、20代前半の頃、低賃金フリーターの私にはとても手が出なかったことを覚えている。

まだ親も私も、福祉がどこまで私を助けてくれるのかを知らなかった。

私を助ける福祉について、もっと親も私も知ることができたら、また違っていただろうし、親も、私を育てる過程で苦労しなくても済んだ部分があったと思う。

今でこそ「福祉がなんとかしてくれる、家族に迷惑をかけることになったら福祉にお世話になってでも生きよう。自殺はダメ絶対」と思えるけれど、その福祉がどこまで自分を助けてくれるのか、そもそも自分は福祉に助けてもらえるのか、を知らない、または知る機会がないというのは、残酷なことだと思う。

 

福祉が私をなんとかしてくれることを知らなかった私は、低賃金フリーターとして身を削り心を削りながら働いていた。

国民年金奨学金を必ず自分で支払うことを条件に学校を中退することを許された私は、自分の身の回りのことや娯楽、友人とのおいしいランチなどを後回しにし、払うものを払った残りのお金で毎月ギリギリの生活をしていた。

タバコをやめれば、自由に使えるお金は増えるのだけれども、孤独な低賃金フリーター生活の中でタバコをやめることはできなかった。

低所得の人ほど喫煙率が高い、もっと言うと、低所得で精神的な問題を抱えている人ほど喫煙率が高いという統計を見たことがあるが、私もあの中の1人だった。

そして、なぜ低所得で精神的に問題を抱えているとタバコをやめられなくなるのか、私にははっきりとわかる。

精神的に孤独になってしまうから依存症を引き起こすのだ。

低所得が故に、外の世界に遊びに行くことも、趣味の世界に没頭することも「お金がない」という理由で諦めざるを得なくなる。

当時の私は孤独だった。

そして、そんな自分のことが嫌いで、自己破壊の意味も込めてタバコを吸っていた。

孤独な人間を孤独なままで救ってくれるのがタバコやお酒だというのは、一般的にはよくある話だが、決していい話ではないと思う。

あの苦しさをいつか文字に起こしたいと思うけれど、どう表現すれば的確に伝わるように文字にできるのかわからないまま時が経っている。

 

話は逸れたのだけど、福祉を知らず精神的に孤独になってしまっていた私に「自分にお金をかけること」はとても難しかった。

精神的なハードルもあるけれど、金銭面で元手がなかった。

自分に使えるお金が極端に限られていた中で、自分なりに頑張って化粧品やスキンケア用品を買っていたけれど、ひとつ4000円もする、一式揃えたら12000円を超えるようなスキンケア用品を買うことは、当時の私にはできなかった。

スキンケア用品というのは、継続して使うものなので、1ヶ月に12000円を自分の美容のために用意することができなかったのである。

 

ある日、実家が太い友人と話していたときに、「私、親の買い物カゴに勝手に入れるよ。知らんぷりして入れておいたら買ってもらえる」という言葉が出てきて、愕然としたことがある。

我が家でそんなことをやろうものなら絶対に許されない。

許されないどころかまずその場で現金が足りずに支払えないし、運よく支払えたとしても後々必ず請求される。

我が家では許されない行為が、同い年の女の子の家庭では許されるのが悲しくて仕方がなかった。

(まあ、幼い頃からそうやって適当に育てられた友人は今も上手く生きていけているし、厳しく育てられた私はなんだかんだで精神疾患になってしまったので、もう運だとしかいいようがない。子は親を選べないし、親も子を選べない。選べるのは各々自分の未来だけだ。)

 

 

そういう時代が長くて、私の中でdプログラムには「絶対手に入れられないもの」というイメージがついていた。

私にとって絶対に手に入れられないもの。それはdプログラム。

しかし、そこそこ歳を重ね、病状も落ち着き、タバコもやめて、福祉に助けてもらい始めて、私は気づいた。

 

今の私なら、dプログラムを手に入れられる。

 

そこからはものすごい葛藤があった。

過去に「絶対に無理」というラベルを貼ってしまったものを剥がして、自分の手中に収めるというのは、なかなかの精神的苦痛だった。

葛藤の結果、私はdプログラムを手に入れてみることにした。

 

 

「絶対に無理」のラベルを剥がして、dプログラムを手に入れたら、何かが変わるということもなかった。

なかったけれども、毎日スキンケアの時にdプログラムのボトルを見てホワホワした気持ちになるし、胸がきゅんきゅんする。

そうなってみて初めて、ああ、私はdプログラムをずっと使いたかったんだな、低賃金フリーターの時、絶対に無理だっていうラベルを貼ってしまったけど、無理だといいながらdプログラムが欲しかったんだな、と、当時の自分の絡まった気持ちを解くことができた。

 

 

人間には自覚があるないに関わらずこういう「呪い」のようなものがたくさんあって、私はまだまだ無自覚にそれをたくさん持っている気がするけれど、「絶対に無理」なんていう自分で勝手に決めてしまったラベルを、見つけ次第次々引っぺがして、諦めていたあれこれを手に入れていきたいなと思った。

私がdプログラムに呪いをかけたのは、当時の私にとって成り行き、仕方のないことだったけれども、それが足かせになるのなら、いくらでも自分の力でどうにか変えていってやろうという気持ちになった。

 

 

生まれてくる環境も育っていく環境も、親の所得も子の健康も、家系もなにもかも、極端に言えば生まれてくるのかどうかも選べないのだけれど、未来だけはいつだって変えていくことができる。

過去の糸の絡まりや心の歪み、苦しんだことや悲しかったことも、少しずつ解きほぐして、平坦な状態に近づけることができる。

未来はいつでも変えられるし、いつから変えても遅いなんてことはない。

少しずつ、頑張りすぎなくていいから、自分の生きたいように未来を変えていけたらいいなあという気持ちでいる。

今年は病気療養で大変だったけど、年末はこんなふうに嬉しいことがあって、こういうことがあるとまだまだ生きていきたいなと実感させられる。