揺れるように

ソロ活動の記録とひとりごと

魔窟育ち

 

 

 

 

とあるネットのお悩み相談記事を読んでいた時に、「魔窟育ちはカウンターが狂っているので、病んでいる人や過酷な生い立ちの人の話を聞いてしまう。普通の人は重すぎて逃げちゃう。わかる、あるよねーってあるあるを話しているだけなのに、相手からしたら、この人は女神だ!くらいの感じになる」というようなことを読んだ。

目から鱗がぼろぼろと落ちた。

 

私は自分を至って普通に育ってきたと思っているけれど、よくよく考えたら魔窟育ちである。

世間一般の人の普通とは、私のような人間からしたら健やかすぎる世界なのかもしれない。

でも、みんなそれぞれいろんなことがあるし、話さないだけでたくさんのものを抱えている。

そういうふうに思って生きてきた。

自分が背負っているものは決して特別なものではない、と思って生きてきた。

皆、形は違うけれども同じような重さの荷物を抱えているし、それを乗り越えられるかは各々のキャパにもよる。

どこからどう見ても元気だけれども仕事をしていない人が、他人からは見えないところで苦しんだ結果、無職を選んでいるというのは、よくある話である。

人の人生なんて表に出せることばかりではない。

だから心がある。

と、思って生きてきたし、人に辛く当たること自体をしないから、相手には傾聴と肯定を9割で過ごしてきたけれど、それって、あまりよくないんだな…と感じ始めている。

 

魔窟育ち故にカウンターが狂っている自覚がなかったので、お悩み相談記事を読んで、「カウンターが狂ってるんだ!」と衝撃を受けた。

だから、今までそういう人ばかりに一方的に好かれてきたんだ…。

まあ、私もそういう人の部類に入るのでなんとも言えないけれど、遭遇率がおかしいことには気づいていた。

思い返せば小学生の頃からちょっと不安定な子には好かれやすかった。

カウンターが狂ってるんだな…。

 

 

 

家族が生まれつきの病気だった幼少期、祖父と母親から虐待紛いの扱いを受けた学童期、精神疾患になった中学生時代、入院一歩手前まで病状が悪化した高校生時代、人に合わせすぎて病気になって中退した大学生時代、なんやかんやで転げ落ちてしまうフリーター時代(×2)、いや、今冷静になって振り返ると、

なんで自分を魔窟育ちだと自覚できなかったんだ。

 

 

 

 

父親は、給料が少ない上に、母親には冷たかった。

父親が母親の誕生日にプレゼントを買っていたことは一度もない。クリスマスも同じである。

その父親のことで悲劇のヒロイン化して、小学生の私に父親と父親の実家の愚痴を吐き出し続けた母親から「精神疾患だからって悲劇のヒロインになるな」とお叱りを受けたり(その頃の母親の口癖は「どうして私ばっかりこんなことがあるの」「離婚したいけど子供がいるからできない、女ひとりでは子供を育てられないから結婚していなければいけない」「お父さんは稼ぎが少ないのに残業をするダメな人間」だった。特大ブーメランである)中学生の頃には「あんたは子供は産めないよ」と突きつけられた。

全てが現実だった。逃げたかったけど逃げる場所がなくて、腕を切って、いつのまにか静脈を切ることを覚えた。

働き始めて、もうダメだと思う決定的な瞬間がきたりもした。

全てが私の現実で、逃げたくても逃げられなかった。

 

「結婚すると不幸になる」

小学生の頃私が思っていたことだ。

どんなに好きな人と結婚しても、子供にその人の悪口を言うようになるなら、私は結婚をしない。

私は親を反面教師にした。

最近、仲のいい友達が結婚したのだけど、母親から「結婚は墓場だから精一杯応援してあげるつもりでスピーチしてあげて」と言われた。

私は自分から望んで墓に入る人間を応援する気は無い。

幸せになるための結婚ならいくらでもお祝いする。

幸せになるための結婚ができなかった母親を、娘の友達のおめでたい結婚にそういう言葉しか出なかった母親を、心底哀れに思う。

 

 

魔窟で育つと、魔窟の暗さを当たり前だと思ってしまう節があると思う。

でもほんとうは、世界はきらきらしていて、虹がかかったり星が輝いたりする。

月が綺麗な夜もあるし、雨の音が心地よい日もある。

私が育ってきた魔窟は暗かった。

でも、魔窟の暗さを知っている人が虹を見ることができないなんてことはないと思う。

魔窟で育っても幸せになれる。

そもそも、幸せになるために人は行動しているから、結婚は墓場という母親の認識が少し歪んでいるのだ。

本来なら、自分の親を見て「結婚とはいいものだな」と感じながら育つのだと思う。

私はそれができない家庭で育って、自分自身もいろいろあって今のところは「結婚しない」ということにしているけれど、いつかもしかしたら、この暗い魔窟の呪いから抜け出して、ひとりでも、ふたりになっても、幸せになることができるんだよな、というのを忘れてはいけないのだ。

 

我が子に結婚の良さを伝えられなかった両親の結婚を肯定しながら、結婚は不幸になるための手段ではなく幸せになるためのもの、という考え方に、今から変えていかなければならない。

矛盾も出てきてしまうし、とても難しいことだと思うのだけれども、不幸になってしまった両親の結婚を、それはそれで、幸せなこともあったんだろう、と肯定することで、私の中に幼い頃からずっとある「生まれてこなければ良かった」という気持ちが消えるのではないかと考えている。

母親も父親も人間だから間違えることもある、という言葉もあるけれど、間違えたなら修正して幸せになればよかったのではないかと常々思っている。

間違えたままで何年も何十年も過ごすことを、母親が不幸な結婚を選び続けることを、小学生の私は望んでいなかった。

もし離婚すると言われたらどちらについて行くと言うかをずっと考えていたけれど、家族が父親と不仲で母親についていくのが確定していたので、私は父親についていくつもりだった。

だから、離婚しても母親はひとり分の子育てのお金しか用意しなくてもいいのに、なぜ離婚をしないと言ったり、「ひとりで子供をふたり育てる」、と、私が母親を選ぶ前提で話すのか、理解ができなかった。

 

魔窟で育ち、病気を患い、治療をしながらもう三十路も手前になろうとしている。

条件だけ見たら絶望的なのは自分でもはっきりと分かる。

どこの市場にも需要がないだろうということも、わかっている。

でも、自分のことはいつからでも変えられるし、変えるのに遅いなんてことはないのだ。

私の幸せが何を意味するのか、まだ私自身もわかっていない。

それでも、これから自分の外見中身を生まれ変わるつもりで改造して、歪みを正して、今と違う景色が見られたら最高だと思う。

誰かと一緒にいなくても、ひとりを選んでも、魔窟で育ったが故に歪んでしまったところや、自分で歪ませてしまったところを変えていくことは、これから死ぬまでの人生に意味のあることだと思う。

少なくとも私にとっては、歪んだままで生きるよりは、いい選択ができる機会が増えると思う。

 

狂いに狂ったカウンターを、自分で調整しようと思う。

いつまで時間がかかるのかわからないし、この作業に終わりがあるのかも分からないけれど、魔窟育ちであっても変われることや、前を向き続けることの幸せさを感じていたいと思う。