揺れるように

ソロ活動の記録とひとりごと

もらう

 

 

 

親戚のおばさまが年末に御墓参りに行った際に、故人から嫌われていたという話をしながらお参りをしたら、その御墓参りの後からずっと首や肩が痛くて、美容院のシャンプーすらできないほどらしい。

おそろしい話である。そして、めちゃくちゃわかる話である。

 

私はめちゃくちゃにもらいやすい体質で、霊的な何かにも憑かれやすい。

そういうものが見える人に見てもらったことがあるのだけど、「優しいからなんとかしてくれそう」という理由で霊的なものがついてきやすいらしい。

私の場合は人間にもそれが当てはまる。

「なんとかしてほしい人」からめちゃくちゃに好かれるのだ。

 

そういう人と出会ったときにどういう話になるかというと、「私には兄がいたけれども、兄は生後数日で亡くなってしまった。両親がもう一人子供が欲しいと思って兄の後に生まれてきたのが私だ」とか、「弟が自閉症で、私は女だから家系を絶やす許可を父親から得ている」とか、「弟が大学に行きたいと言っているから姉の私が学費を全額支払わなければいけない」とか。

個人的に体験してきた中では「生い立ち」「過去のいじめ」「他人の悪口」「僻みや妬み」の話がめちゃくちゃに多かった。

普段仲良くしている人への悪口をいきなり一方的に聞かされることもあった。(いや、普段遊んだりしてて仲良いじゃん。知らんよ。)

そういう「重すぎる話」になることが多くて、その度に私はかなりのものをもらってきた。

 

重すぎる話って、いきなり他人にぶちまけていいものではないと思う。

なぜなら、重すぎるから。

誰も他人の不幸なんて背負えないんですよ。

みんな自分の苦しみや悲しみだけで手一杯で、自分のことすら手に負えなくなった人が、たまに通りすがりの人間を殺してしまうくらい、この世の人間は疲弊している。

私もそうだし、みんなもそう。

だからそんな、自分のことをなんとか成り立たせている状態の時に、いきなり他人の過去や生い立ち、その人の不幸の全てをポンって投げられたら、受け取れない。

受け取って一緒に考えてあげられたらいいのかもしれないし、それを求められてるのはわかるけど、人間ってみんな疲弊してるから、そこまでの余裕ってないですよね。

それができるのがカウンセラーや精神科医なので、もうそこはプロに頼ってもらわないとどうにもならない。

 

「もらう」って不思議な現象で、目の前の人に自分の魂の何かを吸い取られている感じで、ただ向き合って話しているだけなのに肩や首が凝り始め、頭が痛くなり、「あれ、なんか疲れてきた」とか感じ始めてしまう。

相手と別れたとき「あー、やっとひとりだ」という謎の安心感に包まれる。

私はもらいやすい上に人と一緒にいることですり減るタイプだから、人付き合いに対して「やらなくていいならやりたくない」と思っている。

 

生い立ちや家族の不幸、過去のいじめ、昔勤めていたブラック企業の話。

話し始めたらきりがない。

お湯が沸騰するように相手の話は次々湧いて出て、話切ったら相手はすっきりしている。

一方、私は首や肩が痛い。

そういうのがしょっちゅうだった。

過去の記事にも書いたけど、人間は基本的に「話を聞いてほしい生き物」だと思う。

それを悪いことだとは思わないけれど、いきなり過去の重い話になったとき、私はどう対応すればいいのかわからない。

うんうんそうだねと相槌は打つけれども、根本的に解決できるほどの人間でもない。

相手はただ聞いてほしいだけで、解決を求めていない場合もある。

 

もらいやすい私ができることは、「あ、これはちょっと」と思ったときにすぐに身を引くこと。話を聞かないこと。

「連絡を取れないほど忙しいことをアピールする」というのも効果的らしい。

 

最近は、「あ、これはちょっと」と思ったときに姿を消すようにしている。

相手の視界から消えたり、相手に挨拶しないで帰ったり。

話したい人、聞いてもらいたい人は、相手を見つけるのが上手いと思う。

見つけられないようにしていても、いつのまにか相手が目の前で話していることが多々あって、ちょっと怖い。

 

今は体調がそんなによくなくて人の話を聞かないからか、変な人に見つかることが少ない。

去年、ライブ会場でいきなり自分のことを話し始めた人に遭遇したくらい。

今大丈夫だからって、この先も大丈夫とは限らない。

私の場合は、体調がよくてニコニコして趣味を楽しんでいる時が一番危ないのだ。

調子がいい時ほど、スーパーで知らない人から話しかけられたり、コンビニの店員から一緒にライブに行きたいと言われたり、信号待ちの時にいきなり大声で話しかけられたり、という出来事が多発する。

今年以降、体調がよくなるにつれまたそういう人に見つかるのかと思うと、少ししんどい気持ちになる。

よく見分けるよなあ。ほんと。。

 

回復するにつれ、もらうことが多くなるから、気をつけていきたいと思う。

もらうということは、私に少し余裕があるということで、今まで私はその余裕を人の話を聞いたりして使い切ってしまっていたけれど、もうそんなことはやらないからな!という気持ちである。

私の余裕は私のために。

今年は絶対にもらいたくない。

人間に絶対はないけれど、とにかく、できるだけ余分なものをもらうことなく生きていきたいと思う。

もらいやすすぎて人混みも苦手なので、パワーストーンのブレスレットでも作ろうかなという気持ちになっている。

以前の勤め先の美容部員の気の強い女性が、腕にたくさんパワーストーンをつけていて、「ああ、こんなに強い人でも、もらうことがあるんだ」と安心したことがある。

気の強い彼女がつけているのだから、「もらう」ということに対して何らかの効果はあるのだろう。

その人からしたら「つけないよりマシ」というくらいの話かもしれないけれど。

「もらう」ことが多くてすぐに疲れてしまったり肩や首が痛くなったりするけれど、少しはマシになるだろうか。

 

 

しんどすぎてもらっている場合ではない時期が終わって、元気になって遊びに出たり、趣味が楽しくなってニコニコしていることが増えた時が一番そういう人が寄ってくる。

今年来年、再来年までは、周りに集まる人をよく見てみようと思う。

そして無理な時はブロックする。

私はほんとにブロックが身についてないんだよなあ…。。

ブロックブロック!ベンザブロック!

身につけていきたいと思います。