揺れるように

ソロ活動の記録とひとりごと

人間愛と精神科医

 

 

 

 

 

 

私はわりと自分のなかに大きな人間愛を感じることがあるのだけど、親や友達といった関係以外で大きな人間愛を感じるのが、精神科の先生だったりする。

まあ、お金を払ってるから常に全肯定してもらえるしそれでご飯を食べているし大学にも通ったからといえばそれまでなのだけど、それにしても、人生の中で何かきっかけがあって心が壊れてしまった人間を平和に導くというのは、なかなかできることではないと思う。

 

私はもう10年以上精神科に通っていて、先生とはなんだかんだでとても長いお付き合いなのだけれども、初めて病院にやってきたときは本当に自分でも訳のわからないポワンポワンとした綿のような「死にたい」に包まれた状態で、これが病気なのか正常なのかも全くわからない状態だった。

このままどうなってしまうんだろうというときに、ぷつんと糸が切れて不登校になり、学校の紹介で児童精神科というところに行くことになり、そこで「この子はカウンセリングよりも投薬治療です。私の方から紹介できるのは〇〇(今の精神科)と△△大学病院だけです」と言われて、往復何時間もかかる県外の大学病院に行くより市内の病院がいいね、ということで今の精神科に行った。

自傷行為があると、大人と同じ対応をしなければならなくなるらしい。

児童精神科から精神科へ転院して、そこで診察を受けて病名がついて、私の病気の治療が始まった。

 

なんだかんだでそうやって出会って10年以上診てもらっていると、よくボロボロの私をここまでなんとかしてくれたなあ、という気分である。

時間はかかったけど確実に良くなっていて、その感覚は年々増していっている。

薬も減ったし、自分のことを見つめるという、10代後半から20代前半のモラトリアムでやるであろうことを、今やらせてもらえている。

よくここまで匙を投げずに治療をしてもらえたなあ、という気持ちである。

お金を払っているからとか、プロだからとか言われればそれまでなのだけれども、それにしても、仮面であっても患者に人間愛を示さないと治療ができないだろうに。

それも、心が壊れて正常な判断も捉え方もできない患者に示し続けてくれて、結果私は三十路を手前に病気がひと段落つきそうで、ほんとうに感謝しかない。

プロだからと言われたらそうなのだけど、それでもここまでなんとかしてもらえたことが、診察室で泣きながら叫んだりしたのを受け止めてもらえたことが、どれだけのことだったろうかと思う。

 

いろいろありながらも最近は穏やかに今後の策を練ったり、体調不良を説明したり、私にとっては「いろんなことを話せる知り合いのおじさん」みたいな感じで過ごさせてもらっている。

信頼関係を築きながら病気を治療していくというのは、ほんとうに、ものすごい負荷のかかる労働だと思うので、どうか体を大事にしてもらいたいと思う。

プロにこんなことを言ってはいけないけれど、とにかく知識量がすごくて、病気にかまけて勉強をやってこなかった身としては「人間はこんなに物事を憶えられるのか」という驚きが毎回ある。

ほんと、やり直せるなら学び直したいよなあ。歴史とかひとつも知らないし、英語が読めないし、√の使い方もわからないし。

しかし時期外れの学び直しには時間とお金と体力気力がたんまりかかるので、いつ何時でもたとえ病気をしても、10代で様々なことを学んでおくことは大切である。

学び直そうかという時に直面する現実的な問題は、意外と大きい。

 

そんなふうに病気で手いっぱいで勉強どころではなかった人間なので、主治医を見ていると「知識の宝石箱や」という気持ちになる。

いつでも学べるとはいうけれども、大人になってから10代の頃のように時間を取れることも稀で、二十歳を超えると学ぶより働くことに傾いてしまうので、私は今後も学び直すことはないまま、英語が読めないまま歳をとるのかなあ、と少しさみしく思う。

でもまあ、できないことを人に聞いたり教えてもらって生きていくのも楽しそうだと思う。

これは〇〇さんが教えてくれた、こっちの知識は△△さんが教えてくれた、みたいになってくると人生で出会った人の分だけ知識が付くので、いろんな人のことを思い出せるような気がする。

人生の知識の地図を、出会った人に埋めてもらってみよう。

積極的に教えてもらえばなんとかなるはず。はず。

 

偏差値とか計算したことがないけれど、たぶん3か、高くても10くらいしかない気がする。。

怖くて計算する気にならない。。

そのぶん頭をやわらかくして、いろんな人に教えてもらって吸収して、これから作っていくからみんないろんなこと教えてくれよな!という気持ちです。

よろしく頼むぜ!