揺れるように

ソロ活動の記録とひとりごと

人を殺めたわけでもない

 

 

 

2月に入ってから体調が悪い日が多く、寒かったり気圧が低かったり天気が悪かったり、そもそも私の体の調子が悪い時期だったりして、日々鬱々と過ごすことが多い、

「どうして生きているんだ」「私はいなくなったほうがいい」「早く消えたほうがみんなのためだ」などのネガティブワードに埋もれ、我が事ながら疲弊している。

別に人を殺めたわけでもないのにネガティブワードに埋もれる自分を見ていると、なんだか変な気持ちになる。

この世には一定数、犯罪を犯しても反省しない人もいる。

それなのに。それなのに、別に私は犯罪も犯さず人を殺めたわけでもないのに、「死んだほうがいい」とは何事だ。

 

命は大事だ。

出産は不可逆で、生まれてきたことはなかったことにはならない。

そもそも私1人が生まれてくるためには、莫大なお金と両親をはじめたくさんの人の手がかかっている。

私は両方の祖父母にとっての初孫だったので、父方の祖父母は「内孫なので我が家の孫です」などと古くさいことを母方の祖父母に突きつけ、母方の祖母は何も言い返せず悔しかったということをよく話してくれる。

母方の祖母が仕事の休憩時間に、保育園の外から私を眺めていたこと、行きたくないと大泣きしているのに無理やり父方の祖父母の家に連れていかれたのを悲しく思っていたこと、他にもそういうことが、私が大人になってから、「あれはかわいそうだった、ばあちゃんも泣いてたんだよ」「つらかっただろうなと思う、2歳の子供が耐えられることではない」などと、ぽろぽろと周りの大人たちの口からこぼれてくることがあった。

こんなに周りの人が愛してくれているのに、愛してくれていたのに、それを感じられなくなるなんて、精神疾患や認知の歪みは怖い。

ときどき自分でも驚くほど荒んだ気持ちになることがあるけれど、そういうときは心の中のタンポポが弱ってしまっているように感じる。

 

レディーガガが落ち込んだとき、「ビッチ!ガガ、負けないわ」などと自分を奮い立たせたり励ます、というような記事を読んで、私も何か自分を奮い立たせたり励ますための言葉がほしいな、と思うことがある。

さすがにビッチはちょっと…という気持ちがあるので、なにか自分なりに使える言葉を探そうと思う。

というか、アメリカでのビッチの意味と日本でのビッチの意味は同じなのだろうか…。同じだとしたらすごい奮い立たせ方だ。さすがガガ様。

 

 

人を殺めたわけでも犯罪を犯したわけでもないのに反省反省内省の日々で、私が具体的に何が悪いんだと問われても答えられない。

ただ漠然と「私」という存在自体が悪のような気がして、周りの人に迷惑をかけているような気がして、それでもうそれなら消えてしまったほうがいいと勝手に思っているだけだ。

全ては私の妄想で、私が悪となる世界も、私が作り上げた架空の「自分で自分を責める世界」なのだ。

 

何度でも書くけれど、人を殺めたわけでもないし、犯罪を犯したわけでもない。

ただ、ちょっと病気なだけだ。

「自分の存在が必要ない」と思い込んでしまったり、必要以上に自分を責めたりする病気で、脳の中心まで病気に支配されているだけだ。

はっきり言って「消えたほうがいい」なんてことも、「必要ない」なんてこともない。

命がある限り、ご飯を食べて、お茶を飲んで、楽しいことをして、倒れないような仕事を選んで働いて、お風呂に入って布団で寝る。

この一連の流れをいかに深く考えずにこなすかが私の課題のような気がする。

人間誰しも「生まれてきた意味」や「生きている意味」を考えるけれど、そこに深い意味はない。

そんなことを考えるより、もっと楽しいことに注目したり、おいしいものに傾倒したり、喜怒哀楽の喜と楽をいかに増やすかを考えて生きたほうがよさそうだ。

怒と哀は簡単に増やせるけれど、喜と楽を増やすことは、私にとってはだいぶ難しいことだと思う。

 

生まれてきたままの状態ですくすく育って、途中で病気はしたかもしれないけれど、そういう私のことをよく思ってくれている人は思っている以上にたくさんいると思う。

欠けているところも含めてその人だし、私が誰かの欠けているところを含めて好きになるように、誰かも私の欠けているところを含めて私を好きなんだろうと思う。

頭では分かっていても心がついてこないのはなぜかというと、自己肯定感が低いからだと思う。

 

もうこのブログで何度も何度も書いたけど、私は自己肯定感が地についている時期を経てちょっとマシくらいになって、先日やっと心にタンポポを一輪咲かせることに成功した。

自己肯定感が人並みにある人生なんて今は全く想像がつかない。

愛されること、愛すること云々の前に「自分を愛すること」が可能なのか、そこがまずわからないし、やったことがないというか、経験値が低すぎる。

失敗もする、下手くそな自分を好きになるために、落ち込んで下を向いている自分に声をかける。

最近はブログにぶちまけているのでわりと頭の中で整理整頓されてきた気もする。

 

自己肯定感がないから引き起こされる病なのか、病だから自己肯定感がなくなるのか、どちらが先なのかわからないけれど、今の私の状態は、私にとっては絶対に必要だけど足りてないのは自己肯定感なのがよく分かる。

自責の念が強いのも、性格もあるだろうけど、圧倒的に自己肯定感が足りていないんだろう。

 

もう書いてるうちによくわからなくなってきました。

長々と書いたけど書いてるうちに自分を責める気持ちは無くなりました。いえい。

今日はいろんなものを買いに外に出て、ごま油を安く買えました!レシートを見たら表示価格より100円安かったです!ラッキー!嬉しいな!ラッキー!おしまい!