揺れるように

ソロ活動の記録とひとりごと

高望み

 

 

 

 

 

 

普段生きていると、「私は今まで生きてきた中でひとつでも高望みしたっけ?」と思うことがある。

普通に学校に通って部活をして、進学して卒業して、奨学金を返しながら働いて、そうやって普通に生きたかっただけなのに、それが叶わなくて、所謂世間一般の普通の枠からはみ出てしまって、いつの間にか私にとって世間一般の普通の生活というのはとても手が届かないものになってしまっていた。

 

お金がたくさんほしいとか、広い高値の土地が欲しいとか、高い車がほしいとか、国会議員になりたいとか医者になりたいとか、そういう望みって一切持ったことがなくて、普通に、普通に生きたかったというだけなのに、普通の生活すら高望みになってしまった。

私、なんか高望みしたっけ?

高望みしてつまずいたわけじゃないし。

普通の生活って、私にとっては身の丈に合わないことなの?

なんで?ねえ。

 

ということをぐるぐる考えてしまう。

普通に、普通に生きるっていうのは、意外と難しい。

そして、ハードルが高いことだと感じる。

「普通の人」になるには、それなりの高い条件をクリアしないといけないように感じる。

それってマジでガチでヤバいことじゃない?

「普通の人」がハードルの高いことなら、普通の家庭もハードルが高くなっているんじゃないかと思う。

サザエさんクレヨンしんちゃんも、今のご時世では高所得、勝ち組の家庭だという意見を読んだことがあるけど、それってマジでヤバいことだよね。

私のように圧倒的に不利な病気を持ってしまった人以外にも、「普通の暮らし」とか「普通の生活」「普通の家庭」に水準の高さを感じる人っていると思う。

そして、一回普通のレールから外れたときに救済措置とか救ってくれる場所、縋る場所みたいなものがなさすぎて、そのまま何年も時間が経ってしまって気づいたら歳を重ねていた…とか、もう、私みたいに病人でもそんなの普通にあるのに、健康体の人までそういう感じになり始めたらこの国は危ないんじゃないかと思う。

国というか、なんと言えばいいんだろうか。

 

私は病気で、履歴書の空白期間はドクターストップや寝たきり療養がほぼ全てなので説明がつく。

でも、説明がついても、きちんとした理由があっても風当たりってめちゃくちゃ強い。

これ、普通に健康な人だったらどうよ。

どうなんだろう。わからんけどさ。

 

なんか、私個人の状態もあるけど、普通に、っていうことがハードルが高いよなあって感じることが多くて、私が望んだ普通も、実は私個人から見たら高望みだったのかもね…と怖くなる。

まあ、もう障害者手帳を持っているので本当の意味で普通の人にはなれなくなったけど、やっぱりまだまだ未練はあるし、なれるものなら普通になりたい。無理なんだけどね。

 

マイナス要因があっても落ち込んだまま死にたくない、面白おかしく生きたい、笑っていたい、とは常々思っているけど、明るく生きていると「病気には見えない」「大丈夫でしょ」と言われてしまって、それはそれでうまくいかないことがある。前職がそれで潰れた。

 

え〜〜〜〜〜〜〜〜なにこれ難しすぎる……。。。

人生早く攻略本出てくれよ…。

 

 

高望みはしないのでせめて日常生活ができる体にしてくれ神様〜〜いるの?いる?いない?あっ…いない、そうか…

今出かけてるの?エ〜いつ帰ってくるの?明日?ウンわかった、また連絡するね!

ところで神様、アイス好き?今度ハーゲンダッツ新作出るよ?エッもう食べたの?!どうだった?エ〜いいな、おいしいよね芋シリーズ…

うん…私はあんまり、なんか調子よくなくてアイスチャンス逃した…うん…また来年かな…アハハ…

エッ神様ちょっと待って?!こんなのもらってもいいの?!え?!マジ?!ヤバくない?!?!くれるの?!?!ワーーーーー嬉しい!ありがとう!ちょっとおいしいもの食べる!うん!元気出た!ありがとう!

私が死なないようにだけ気をつけといて!だいたいなんとかなるから!とりあえず今日は白菜とにんにくもらったから豚バラ肉買って無水油鍋やるわ!じゃあまたね!バイバーイ!