揺れるように

ソロ活動の記録とひとりごと

痩せたからヨカッタ

 

 

 

 

 

過労で痩せてから、「痩せたんだからいいじゃん」「痩せて綺麗になった」「痩せてよかった」などのお言葉をいただくようになり、もうそれに関しては一言

 

ん な わ け ね え だ ろ

 

に尽きるんですが。

 

よくないんですよ。

ホラ、女の人はイロイロあるじゃないですか、止まってはいけないものとか、女性特有のホルモンのバランスとかさ。

あるじゃないですか。

そこまでそうなってまで痩せてたらアカンみたいなこと。

あるじゃん。分からねえのか?

「痩せたからヨカッタ」じゃねえんだよ、様々な不調を来たしながら痩せてたらそれはもうスリムとか痩せではなく栄養失調だよ。

まだ30歳にもなってないのに、るい痩ですよ。

要介護のおばあちゃんかっての。

 

あーもうムカツクムカツク、何にムカつくかというとそれでも痩せていたいと思ってしまう自分に対してもムカついている。

確かにいろんなところで不調は出てきてるけどそれでも痩せていたいよ。

心の治療が必要かもしれないなあ。

 

そもそも、痩身は美とされる世界、とりわけその風潮が厳しい日本に生まれて、その価値観に飲み込まれないでいることは難しいと思う。

痩せる必要がない健康体の人ですら「痩せたい」「ダイエットしてる」などとのたまうし。

いや、あの、極論なんだけど、痩せたところで人生そんなに変わらないし、痩せてるから美しい、素晴らしいなんてことはない。

私も、痩せたらなんか変わるかなって思ってたけど、痩せたからって自分を取り巻く世界は変わらなかったし、結局自分の精神状態次第だ。

 

痩身は美、よくよく考えたらめちゃくちゃ腹が立つ言葉だと思う。

だいたい、それを口にする人々が皆、揃いも揃って痩せているわけでもないし、普通に自分より太っている人からその言葉を投げかけられることもある。腹が立つ。

なにより、その言葉に日々毒されていく「痩せた自分」にも腹が立つ。

痩せたからって人より優れているとか、美しいなんてことはない。

ないはずなのに、痩せたことでどこか自分が、人より美しく優れているような気分に錯覚させられる。

もう心がヤバいと思う。ここまできたら終わりだと思う。精神科で相談しよう。。

 

一番小さいサイズのデニムを選ぶことも、それすらも裾がぶかぶかなことも、ほんとうは誇ることではなくて、この飽食の時代に栄養失調だということで改善するべきことだと思う。

時々街中やコンビニで女性からじっと見られることがあるのだけど、それはいい視線ではないんですよね。

私も痩せる前は、街中で見つけたガリガリの人をガン見していたし、多分そういう視線だと思う。

あんなに細いデニムの裾がぶかぶかってどういうこと?というような視線。

それって、なんか恥ずかしいことのような気もする。

 

「太りたい」と「痩せていたい」の狭間でゆらゆら揺れている。

どちらかに振り切らなくても、不調が治った体重でキープすればいいと思う。

私の問題はそれよりも壊れてしまった心のほうで、日々私の中に染み込んでいく「痩身は美」という価値観を脱ぎ捨てないと、何も始まらないと思う。

痩身は美。痩身は美…痩せていると美しく優れている…痩身は美…

 

ん な わ け ね え だ ろ