揺れるように

ソロ活動の記録とひとりごと

健やかに生きること

 

 

 

 

 

 

体調不良があって、ご飯をしっかり食べる生活に変えて、一週間以上経っている。

なんだかんだで、ご飯をきちんと食べる生活が続いている。

どうでもいいことは長続きしない、そもそもやらない私からすると、それほど切迫したことだったのかなと感じる。

ただ普通に、朝起きて、目が覚めたらご飯を食べて、夜は眠る、という生活は、十代の終わりにやめてしまっていたので、ものすごく健やかにいきている気がする。

 

約10年ぶりに規則正しい生活にしてみたのだけれども、かなり調子がいい。

一番暖かい時間に散歩をしたり、太陽の光を浴びるだけで、かなり精神的にしっかりしてくる。

考え事はするけど、「過去をほじくり返しても何ともならない」「過去と他人は変えられない」というところにたどり着き、かなり前向きに考えられている。

もう春がきているから、暖かくなって元気なのもあるとは思うけど、それでもこのポジティブさはすごい。

 

前職の上司に、会社を辞めたい旨を泣きながら伝えた際に「お日様の光が浴びられない」という言葉を無意識のうちに発していたことがある。

上司はそんなことには取り合わず、その言葉を受け流して話をしたが、私にとって「お日様の光が浴びられない」というのは死活問題に近いなと感じる。

どんなふうに落ち込んだとしても、体調が悪くなったとしても、必要なのは薬でも他人でもなく、「お日様の光」だ。

人間らしく、健やかな、夜は眠り朝は起きるという生活が、私には必要だったのだとしみじみと思う。

 

今まで、どこかで、自分には「規則正しい生活をする権利がない」と思っていたことに気づいた。

この「◯◯する権利がない」シリーズは、私の中にはまだまだたくさんあると思う。

その中の「dプログラム(自分に合った基礎化粧品)を使う権利がない」「ハンドクリームを塗る権利がない」「自分に合った洗顔石鹸を使う権利がない」「ナチュラルメイクをする権利がない」「茶色いマスカラを使う権利がない」「自分に合った化粧品を使う権利がない」「パンを買って食べる権利がない」「自分にお金をかける権利がない」をなんとか乗り越えてきたのだけど、今は「規則正しい生活をする権利がない」を乗り越えている途中だ。

この、権利がないシリーズの呪いは凄まじく、なぜそんなことになったのだろうかと絶望してしまうことも多いのだけれども、親がとにかく「安いものは最高、高いものは最低」という価値観の人なので、それもひとつあると思う。

私の親は何か欲しいものがあると必ずダイソーへ行く。

親のマフラーも靴下もダイソーのものだ。

うちの親に関しては、ライブ遠征や旅行に万単位でお金をかけられるので、貧困からくるものではないと感じる。

実際に、「3万あったらライブ行くわ」と豪語することもあるし。

私としては、いやいやその前に身の回りのものを揃えてくれ、という気分だが、他人を変えることはできないので、変な影響を受けないように共存していくだけだ。

私は実際に、しまむらで服を買っていただけなのに「◯◯(本名)は金がかかる」と親戚からお怒りの声を頂戴したことがあるので、家系的に「そういう家系」なのだろう。

今でもおしゃれを楽しむ年頃の親戚の女の子に対して「いつも違う服を着ている」「金がかかる」などと悪口を言ったりしている。

歳を取っても人間は、優しくなるどころか変わらないのかもしれないなあ、と思う。

 

話が逸れたけど、そういうわけで、私にはたくさんの「◯◯する権利がない」という呪いがかかっていた。

少しずつ解除しているのだが、「規則正しい生活をする権利がない」という呪いが姿を現した。

これは、私が病気だから生まれた呪いである。

 

睡眠薬を飲んでいるのと、体調が悪かったことで、私は学生時代から朝が苦手だった。

低血圧だったということも関係していると思う。

朝起きられないとどうなるかというと、9時始業に間に合わないので、普通の9時6時の仕事に就けないのだ。

それでどうなったかというと、私は「遅番」で働くようになった。

生きていくためには仕方がない、お金を稼がなければならず、生活を夜に傾けた。

お昼の2時から働き、10時を過ぎて退勤。

帰宅するのは11時で、そこから夕食。

お風呂に入って自分の時間を持つと日をまたぎ2時になっていた。

もう、生きていくためにがむしゃらに必死で働いた結果なので、これが悪かったとは全く思わない。

むしろ、よく頑張った。

正直、辛かった。

周りの子は6時に仕事が終わるのに、次の日朝から遊んでいるのに、私ときたら夜型になってまで働いて、友達と会う時には無理をして朝起きなければいけなくて、友達に会うために無理をするということがとても辛かった。

生きていくために、お金を稼ぐためにはそうするしかなくて、「私だって普通に生活がしたい」「夜は寝て、朝起きる生活をしたい」「みんながうらやましい」という気持ちを押し殺した結果が「私には規則正しい生活をする権利がない」という呪いだ。

酸っぱいブドウのような話だ。

 

今、少しずつ自分の中にある呪いと向き合っているけど、自分で自分に植えつけた強烈な呪いの除染作業のように思える。

もう過去のことは過去だ。

あの頃死ぬ気で頑張ったことを、無駄だったとかは全く思わない。

死ぬ気で頑張って、それで当たり前とされて、悔しかったことも、無職の同級生の親から「あなたみたいに☆☆(同級生の名前)もきちんと働いてくれたらいいのだけど…」と言われ、これだけ死ぬ気で身も心も削らなければきちんと働いていることにならないのか、と絶望したことも、もう過去のことだ。

今はもう、呪いの除染作業に入っている。

根深く染み込んでいるので大変な作業だけど、最初のハードルを変えればあとはなんとかなるということだけは分かっている。

 

若いころに憧れて、憧れたけど手が届かなくて、手が届かないから惨めな思いをした「規則正しい生活」を、歳を重ねた今、手にしようとしている。

健やかに生きる権利がない、なんてことは私が作り出したまやかしであることを、ゆっくりと受け入れていくことになる。

酸っぱいからあのブドウはいらない、と言っていたのに、ブドウに手が届き、しかもブドウがとても甘くて美味しいことに、気づこうとしている。

甘美だと思う。

酸っぱいブドウは酸っぱくない。

手に入れられないことなんてないのかもしれない。

 

もしかしたら、愛し愛されることについても私はどこかで、「酸っぱいブドウ」にしてしまっているかもしれないなあ、とも思う。

男女の愛もそうだけど、人間対人間としての愛も、そうやって遠ざけてきたところがあるのではないかと、なんとなく思っている。

 

辛かった過去よさようなら、どうか私の手を離れて、遠いどこかで幸せに生きておくれ。

私はこれから先、寿命が来るまで生きなければならないから、どうか、どうか成仏してほしい。

 

 

嵐のような若いころが終わり、穏やかな時間が始まるのを感じる。

やまない雨はない。

いつかの未来の私の幸せのためにも、今はとりあえずこれからすぐにお風呂に入って眠らなければならないので、皆様もどうか健やかに生活ができますように。

「夜は眠り、朝を待つ」という歌詞が木村カエラのbutterflyの中にあるけど、あれは親友に向けて「健やかに生きて幸せになってほしい」と語りかけているのだなあ、と思った。