揺れるように

ソロ活動の記録とひとりごと

潔癖な私と不潔な私

 

 

 

潔癖症の人はへんなところでこだわるとか、変なところで潔癖を発揮するとか、マイルールが強いとか言うけど、ものすごく当てはまる。

私は軽い潔癖で、自分の中でダメなものやことはとことんダメだが、ダメではないもの、大丈夫なものについてはとことん大丈夫である。

 

例えば。

私は温泉やプールに入れない。

温泉やプールに入れないくせに、職場でお金を触った手でおやつを食べることはできる。

病院は苦手。でもバスセンターやデパートのトイレは使える。

回し飲み、回し食いはできない。でも、箸をつけていない場所なら相手のお皿の食べ物を食べることができる。

自分でも意味がわからなくなることがある。

 

おぎやはぎの小木さんはファンの方と握手ができないらしいが、その理由が菌で、「男子トイレで手を洗ってる人を見たことない」かららしい。

確かに。

女性でもハンカチを持ち歩いてない人とかティッシュを持ってない人、いっぱいいる。

ジェットタオルがあるじゃん?とは言われるけど、なかったらどうなのよ。

アイスがこぼれたときは?

近所のスーパーに行く程度ならハンカチもティッシュも持たないのはわかるけど、遊びに行くときにハンカチもティッシュも持ち歩かない人、よくわからない。

そういう人に限って「貸して〜」「あなたなら持ってると思ったから持ってきてない」って言うんだけど、マジでクソめんどいことがある。

貸してもらう前提で話を進めるな。

私もたまたま持ってなかったら落胆するな。

貸してもらって当たり前、という思考で相手と接するな。

私の方からも、貸してあげて当たり前、となると面倒なこと極まりないのだ。

 

たかがティッシュとハンカチでしょ?

というお気持ちもわかりますが、ハンカチは2人分の水分を吸い早めにビショビショになるし、ティッシュだって2人分一気に無くなると底を尽きるのが早くなりますからね。

なんでも借りる前提で生きてる人、ほんとめんどくさい。

貸さないぞ、私は意地が悪いから、貸してやらないぞ。

ゆるゆるになって垂れたアイスで服も手も汚れてしまえ。クソッタレ。

私はあなたのお母さんじゃないぞ。

 

アルファツイッタラーの方で、小学生女児の母親の方が、「テストの点数よりハンカチを持たせてあげて!」と呟いていらして、マジそれな、と感じたことがある。

私に常にティッシュを借りる友人は、市内で上から二番目の進学校に通っていた。

街でも有名な塾に通い、都会の大学に進学した。

さらに実家が太い。お金持ちのお家である。

一方で私は市内でも柄の悪い高校に進学し、そんなに裕福な家庭で育ったわけでもない。

進学校に通っていても、実家が太くても、「ハンカチとティッシュを持ち歩く」という、最低限のことが身についていなくて、私は時々「この人どういうことなんだろうな?」と疑問に思ってしまうことがある。

 

話がだいぶ逸れたけど、潔癖な私は「潔癖だから嫌だ」と相手からの要求を断ることに躊躇いがあり、それは「あなたが汚いから嫌」と言っているように聞こえないかなあ、という気持ちがほんの少しあるからである。

実際に、温泉に誘われた際に「私は潔癖だから温泉には入れない」と断ったとき、相手がキレたり首を傾げたこともあり、「潔癖のマイルール」は、潔癖ではない人からしたら理解し難いことだと思う。

あと、対人関係の中で「相手が不潔」になってしまうことは男女関係なく存在する。

人としての関係を築く際にどうしても「潔癖だからできない」ことは出てくる。

温泉もそうだし、一緒に大皿のご飯を食べることも、美味しい飲み物を一口ずつシェアすることも、私にとっては「相手が不潔」だからできない。悲しき潔癖の性である。

 

いつか恋人ができたらいいな、と思うものの、いやいや待ってめちゃくちゃ不衛生なこともやらなきゃいけないじゃん、と思うたびに思いとどまる。

精神疾患は年齢とともに落ち着きを見せる病気である。

まずは歳を重ねて、病気が落ち着いて、他者にも自分にも優しくできるようになり、ゆとりを持ちながらの生活を手に入れる…という土台がなければ、私にはとてもじゃないけれども、恋人を作ることは難しいと思う。

よく、「やってみればいい」と言われることもあるけれど、やってみてダメだったときは?

私の心がズタズタになったとき、再起不能になったとき、年単位での療養が必要になったとき、あなたは責任を取れるわけ?と問いかけたくなる。

他人は無責任だ。私の人生は、私にしか責任が取れない。

最初から「できない要因」が9割を占めていることをわざわざやって、その結果体や心を壊す可能性がある、ということを無責任に勧めてくる人に対して、だいたい私は「うるせぇ黙れ、くたばれ」と思っている。(文にすると過激だからくたばれはやめようと思う)

 

重度の潔癖症で、同じ番組に出演している芸人の汚部屋に行った時に何度も嘔吐を繰り返した芸人さんを知っている。

「結婚できない」とその人はおっしゃっていて、それはもう、今のところ私も同じである。

潔癖症はマイルールが強く、他人が不潔だったり、汚く感じられる病気でもあると思う。

自分が、その「他人」に当てはめられると考えてみてほしい。

毎日お風呂に入り、部屋はピカピカ、髪もサラサラ、服にも毛玉が付いていない、靴も磨いている。

そうであっても私からしたら「不潔」「汚い」「触らないでほしい」「キモい」「なんかよく分からないけど近づいてこないでほしい」「距離が近すぎてキモい、気分悪い」という対象である。

潔癖を理解することと、潔癖の人と共存することは、至難のわざである。

 

私は周りの人に潔癖をあまり話したりはしないが、潔癖を前面に出してしまうと「汚い」「キモい」は必ず言葉にしてしまうので、黙って我慢していることが多い。

さすがに嫌すぎることは断ったりするけど、「なんで?」と聞かれないような言い回しで断る。

潔癖だけど、人と共存したい気持ちもわずかにある。

難しいことである。