揺れるように

ソロ活動の記録とひとりごと

全ての答え

 

 

 

食事量を増やしてだいぶ経つ気がする。

いきなり摂取カロリーが以前の倍以上になったのだけど(以前が少なすぎた)、体の調子はすこぶるよく、意識レベルの低下はかなり疲れたとき以外には起こらない。

なんだかんだで、ちょっと体重が少なすぎていろんなことに支障が出ているなあ、と思う。

それになかなかついてこないのが頭で、今でも自分のことを太っていると誤認しているし、摂取カロリーが増えた今も「食べすぎている」という感覚が抜けない。

自分で思っているよりも摂食障害脳になっていて、びっくりする。

ほんの二年前までBMI19あたりの体型で満足していた私が、過労痩せを経てここまで摂食障害の症状を悪化させるとは思っていなかった。

非常に自分にショックを受けている。

今でも過食衝動には抗えない。

拒食はというと、それは常にあって、食事の最中に「太るなぁ」とぼんやり考えたりもするし、少し体重が増えると「太ったなあ」と思う。

体調が悪くなってようやく食べることにしたけど、未だに拒食もぼんやりとあって、普通に食べている自分に対して罪悪感があったり、もっと摂生しなければと感じたりする。

ヤベー。

 

ヤベーです。

今まで様々な精神疾患を経験してきて、どれが辛いとかなにがしんどいとか、数字とかで表せるもんじゃないんですけど、摂食はマジでつらい。ヤベーです。

どんなに痩せても自分を太っていると誤認してしまう、というのがほんとうにつらい。

私は「摂食障害です」と診断されたわけではないし、「拒食気味」「過食気味」くらいの診断しか出たことないんですけど、それでもこの生きづらさと苦しさ。さすがにヤベー。

元々の性格もあるけど、マジでさすがにこれはちょっと一生続けるのはしんどいっすわ…。

なので、なんとかします。

うまい付き合い方さえ見つかればこっちのものです。

 

久しぶりに過食や拒食のしんどさを体験して思うけど、普通にご飯が食べられるって当たり前の幸せではないのね。

私にとってはとても幸せなことだから、大切にしようと思います。

 

「またご飯でも行こうよ」の、ご飯に行くっていうのがとてもしんどいことなのですが、それは伝わらないだろうなあ…。。

 

摂取カロリーが増えて、人間として過ごせる時間が増えてきたので最近はよく散歩してます。

痩せた姿を維持したいのは山々ですが、日常生活に支障が出るのはいかんのではないかと思う気持ちもある。

けど痩せ信仰がMAXの日本で生まれ育ってしまって、痩せてることがいいことだというのがいかに身に心に染み込みすぎているかということを痛感している。

テレビを見ればダイエット特集、雑誌もネットもそう、いくら痩せても痩せた気にならない。

自分より細い人なんてごまんといるわけで、それに比べたら私はここがよくないだのまだまだ細くないだの、この国の痩せ信仰は世界的にもMAXなんじゃないかと思う。

本来、体型で人間性が決まるわけではないし、相手を選ぶ時も体型で選ぶわけではない。

体型なんて本人のプラスαの部分なのだけども、そのプラスαの部分が、細ければ細いほどいいとされていて、女性同士ではステータスになり相手との張り合いがあり、対男性では「女性は細ければ細いほどいい」みたいなふうに作り上げられている気がする。

 

どんなふうに生きても、極端に言えばこれ以上痩せても太っても私は私、メンタリティの問題な気がする。

根本にあるのは「どんな姿の自分でも愛せるか」ということのような気がする。

それを獲得できるまでは、摂食沼に足を取られることはこれから先もあると思う。

 

やはり最終的にたどり着くのは「自己肯定感」なのだなあとつくづく感じる。

それが得られない限り、私の心の問題は解決しない。

逆に言うと、それが得られたら7割くらいは解決するかもしれない。

幼少期に育めなかったものを大人になって自分で育んで取り返す。

元から持ってる人が恨めしくもなるけど仕方がない。

一生摂食沼で足を取られるよりマシだ。

やるしかない。

 

ナイナイの岡村さんが休養していた時の様子をネットで読んだら、「すべったら全部自分のせいだと思っていたけど、入院してから人のせいにできるようになった」と書いてあった。

私も全部自分のせいにするところは変えられたらいいなあと思う。

そもそもそんな、自分を諸悪の根源みたいに思わなくてもいいのではないだろうか…。。

岡村さんは休養中に、ジャンボチョコモナカを1日3個くらい食べたりしていたらしくて、多分疲れてるから糖分が欲しいんじゃないか、と書いてあった。

他人には「そりゃそうでしょ、疲れてるんだから」と思えるのだけど自分にはなぜか思えなくて、自分に甘くできなくて、自分に甘くすることが許せない部分がある。

それも含めて少しずつ緩めていけたらと思う。

今よりもマシになれるように生きていくしかない。

そうじゃなければ、一生沼の中で足を取られて生きていかなきゃいけない。

それはさすがにつらすぎる。

 

今はジャボジャボと沼に足を取られているけど、いつかそこから上がりたいな、そのためには自分で自分を好きになるしかないな、と最近は強く思うのでした。