揺れるように

ソロ活動の記録とひとりごと

 

 

 

 

急に睡眠時間が増え、午前中はどうしても起きていられず、朝ごはんを食べた後、気がついたら眠っている。

お昼頃から本格的に目が覚め、お昼と夕方の間くらいの時間に散歩をしている。

暮れかけの日光を浴びていると眠たくなり、ぽやんとした感じになる。

夜は、お風呂から出た後はとても眠い。

日によっては早めにお風呂に入る日もある。早く布団に入りたい。

眠くて眠くて仕方がない。春だ。

 

春眠暁を覚えずという言葉があるけれど、ほんとにそうだと思う。

眠い。眠すぎる。

今もこの文章を作りながら30%くらいは眠い。

春は植物が芽吹くからパワーを吸い取られるとか、なんかそういうことも言われているけれど、個人的には、人間は基本的にちょうどよく暖かいと眠くなる生き物だと思う。

冬の間、縮こまるような寒さに耐えてきたなら尚更だと思う。

 

冬の間、ロクな食事を摂っておらず、日常生活に支障が出るほど朝起きられなかったのだけど、主治医によると「冬眠モードになっていた」らしい。

この冬は冬眠したのか。人間なのに。

常々「人間も冬眠できたらいいのに」と思って生きていたけど、いざそうなってみたら不便で仕方がなかったし、人生の貴重な時間が無駄になっている感じもしたので、リスみたいに丸々太ってからの冬眠がいいのであって、人間のように冬眠のために一時的に丸々太ることができない生き物は冬眠には向いてないな、と思った。

しかし春になった今、また冬の再来のように眠気がおさまらない。

寝ても寝ても眠い。

仕事に就いていないからなんとかなっているものの、もし今仕事に就いていたら遅刻が多いとかの問題ではなく、遅刻連絡もできないまますっぽかしてしまいそうなほど、眠気に抗えない。

意識が飛ぶ、という言葉があるけれど、あれに近いものがある。

昔、主治医に「寝ても寝ても眠い、起きられない」と訴えたところ「寝る子は育つ!」とのお言葉をいただいたことがある。

当時も、もう子という年齢でもなかったのだけれども。

私もそのくらいの心持ちで生きられればいいんだけどな…。。

自分に厳しすぎるのも、過ごしづらい一因だと思う。

 

春になった途端、外出すると鼻水がじゅるじゅるするようになった。

私は普段鼻水がじゅるじゅるすることはないので、花粉か、PM2.5か黄砂のどれかなのだけど、花粉の可能性に関してはずっと否定し続けている。

なにかで聞いた話なのだけど、花粉症だと認めてしまうと、体が花粉症であることを受け入れて一気に酷くなるらしい。

風邪だと認めたら熱が上がるようなもんか。

なのでまだ花粉症だとは思わないようにしている。

花粉ではない。PM2.5か黄砂だ。

目は痒くないし。うん。多分ね。

 

春めいてきたものの、今年はなんだか重だるいような感じが抜けなくて、予定していたお花見も、なんだかんだでやらずに桜は散ってしまいそうな気がしている。

重だるい。体全体がなんとなく重だるくて疲れている。

丸一日眠ってみたりすれば少しはマシになりそうだけど、丸一日眠るというのがどうしても今の私的には許せなくて、なんだかんだで外に出て散歩なのか徘徊なのかわからないような散歩をしている。

 

 

明日のお昼頃に、新しい元号が発表されるそうだ。

平成に関してはすごく素敵な時代だったとは思うけど、私個人としては2歳の頃から現在まで地獄続きで、もうほんとうにこれはなんなんだ、生き地獄なのかというほど楽しくなく過ごしてきたので、次の元号からはできる限り楽しい時間を過ごそうと心に決めている。

楽しく過ごしたい。

人並みにというか、なんというか、楽しい時間を過ごしたいという気持ちが強くなっている。

そりゃ病気して投薬治療して、大変だったから仕方がないけれど、今は薬もだいぶ落ち着いて、少なくなって、やっと求めていたものが手に入った。

薬が少ない状態の自分で、なんか楽しいことがやりたいな、楽しい時間を過ごしたいな。

体が壊れないような仕事を見つけて、無理のないように働いて、人が苦手なりに友達とかも作れたらな、と思っている。

私に必要なのは対人スキルではなく、相手がどういう不幸を抱えていてもそれを自分のもののように感じないスキルや、不幸でい続けたい相手の人生に寄り添うことを求められても断ることで、「割り切る」ということなのかもしれない。

距離感をうまく調整できるようになったら、人付き合いもなんとかなるのではないかと思う。

相手が病んでても悩んでてもいいけど、それに寄り添ってあげ続けることができなくて、自分も引っ張られながら毎度毎度やってきたけど、ちょっと、相手は相手、私は私、ということを面と向かって話してもいいかな、とも思う。

まあ、言っても通じない人もいるけど。

 

自分の年齢的にも元号的にも(元号的?)一区切りがつくのが今年来年で、それを機に、一気に明るく生きるようになってもいいかなと思っている。

2歳の頃から地獄だった平成が終わる。

悲しくて苦しい時間はもう終わりにして、残り60年近くあるので、明るいほうに向かって生きていきたいと思う。

余談ですが私はどの占い師にも「90歳過ぎても生きてるよ」と言われるので、どんなに死にたくても、そういう運命です。たぶん。

手相も星占いも長寿。

まあそれが当たるのかはわからないけど、一応先のことが見えてしまう統計学のようなもので私の命が長く続くことが証明されているのなら、残り60年以上あるのだから、せっかくだから楽しんで生きていきたいものです。

 

瀬戸内寂聴さんくらい生きるのかな…と思うと、あのくらい元気でありたいな…と思う。

あと60年かけて、私は元気になれるのだろうか。いや、なる!なるったらなるよ!

楽しい思い出をたくさん作るぞ!決めたからな!やる!やるったらやるからな!

逃げられないぞ!楽しく生きることからは逃げられないからな!わかったか私!おい!返事をしろ!寝てるのか!!!