揺れるように

ソロ活動の記録とひとりごと

過労自殺したときの話

 

 

 

 

 

 

その日は雨が降っていた。

 

梅雨だった。

じめじめしている上、雨がざあざあと降っていて、そのコンディションだけでやる気が削がれるような日だった。

そういう日に限って、店を閉めなければならなかった。

人が足りない接客業。

資格者の社員さんとふたりきり。

立地の関係で、こんなに夜遅くまで店を開けていても、お客さんは滅多に来ない。

せいぜい向かいのパチンコ屋からタバコを買いに来る人か、向かいのラーメン屋で飲み食いした後にソルマックを買いに来る人か。

それか、トイレットペーパーや洗剤がないことに気づいた人が駆け込みで閉店5分前にやってくるかのどれかしかないような、意味があるのかないのかわからないような夜間営業。

自分が今ここでじっと突っ立って、いつお客さんが来るかわからない、そもそも来ないかもしれないのに、レジ打ちのためにスタンバイしていることには、一体なんの意味があるんだろう。

そもそも、こんなに限界を感じてまでレジ打ちをしなければならないのか。

もう立っているだけで気力が削がれ体力がなくなり、時折視界がぼやけたり、自分の意思でつらくならないように視界をぼやけさせたりする。

時計を見ると、夜間営業のない店舗は閉店する時間が来ていた。

通常営業の店舗勤務の人はこの時間に退勤できてうらやましい。けど、ここにいる限りあと2時間は仕事だ。

 

意識をぼんやりさせながら、レジ打ちのスタンバイをしている。

こんな雨の日に好き好んで買い物に来る人なんていなくて、店の入口を見ていても、強く叩きつけるような雨が見えるだけで、一体なんのためにここに立っているんだろうという気にすらなる。

じめじめしている。気分が悪い。

 

私がレジの機械の前で鬱屈としていると、「つらいことがあったり、なにかあったら、僕でも、新しい店長にでも、どっちでもいいから言ってください」と声をかけ続けてくれていた、前任の店長がひょっこりとやってきた。

足早に事務所に入っていって、5分くらいしたら足早に事務所から出てきた。

心のコップにいっぱい、「もう仕事を辞めたい」「疲れた」という気持ちが入っていて、それは表面張力だけで1日1日持ち堪えている。

前任の店長はたまに私の様子を見に来てくれていたけど、きっとそんな一時しのぎでは、このコップの水は無くならない。

表面張力で持ちこたえている溢れる寸前の水を、前任の店長は「たまに自分が顔を見せる」ということで、溢れる寸前のところからほんのおたまにひとすくいぶんの「無理」という気持ちを汲み取って、よそのバケツに入れるような作業をしてくれていた。

今日もまたほんのひとすくいだけすくわれて、私の無理はなくなるのだろうか。

足早に事務所から出てきた前任の店長が、入口の方から声をかけてくれた。

 

「帰ります」

 

ああ、帰っちゃうよね。

行かないでって言えたらいいけど、少し話を聞いてもらえたらいいけど、なんだか今日はらしくなくバタバタしているし、せっかく通常営業の店舗に異動したんだから早く帰りたいよね。

私は精一杯の笑顔を作って声を返した。

 

「お疲れ様です」

 

その瞬間に、おたまひとすくいぶんの「疲れた」がコップから溢れ出してしまった。

もうだめだ、死のう。

やけにバタバタと前任の店長は帰っていった。

閉店時間まではまだ1時間近く時間があった。

 

その1時間の間に私のコップからは「疲れた」が溢れ続けた。

コップの底のほうから水が次々湧き出る、湧き出てきて溢れる。

1時間近くそういう気持ちで、誰もこないお店でレジ打ちのスタンバイをしていた。

怒りは湧いてこない、ただ「もう無理だ」「疲れた」という気持ちが次から次へと溢れ出て、どうしようもない。

自分でも手がつけられない。

ほんの1時間前に、レジ打ちのスタンバイなんかやめて、前任の店長に「帰らないで」とすがりつけたらどれだけよかっただろうかと考えたけれど、そんなことができるのは私ではない。

私は、やけにバタバタと急いで帰りたいような人を引き止められる人間ではない。

次から次へと溢れ出す「疲れた」に動揺しながらも、それが当たり前のようにも思えた。

店を閉めて帰る頃には、もう死ぬことは自分の中では決まっていて、コップの水も、溢れるどころか池のように溜まっていた。

底を尽きることのない「疲れた」に埋め尽くされながら閉店作業を行い、一緒に店にいた社員さんにふと「死にたい」とこぼしたところ、「死にたいって言ってる人は死なないよ」という軽やかな返事が返ってきて、私を助けてくれるかもしれない人に心当たりがなくなった。

急に孤独になった。

家族には、前々から何度か食べ物の味がしないことを伝えていたけれど、「大丈夫!稼がないと食べれない!」と笑顔で叱責された。

日に日に減っていく体重計の数字はついに42と表示され、いつもつけている7号の指輪が緩くなった。

前任の店長には以前から「もう無理」「もともとこんなに働ける状態ではない、医師の指示よりも労働時間と仕事量が大幅に多い」「退職し、障害者雇用で就職をしたい」と話したけれど、「今できているから」「まだ体が動くから」「こんないいところ他にないから」と優しく跳ね返された。

家族も、上司も、私が仕事を辞めることにはずっと否定的だった。

体重計の数字は月に3減ったし、食事はずっと前から味がしない。

最近は食欲がなく、お昼にご飯一膳を食べた後出勤し、帰ってから一食食べる、という、1日1.5食生活になっていた。

いつの間にか、仕事の直前に無理やり体を起こしご飯を一膳食べ、化粧を施し、髪を整え出勤するだけの生活になっていた。

 

突然「無理」「疲れた」という気持ちが、コップからおたまひとすくいぶん溢れた。

それからとめどなく溢れ続け、家に帰る頃にはもう、自分の状況に絶望しきっていた。

家族も、上司も、私が仕事を辞めることには否定的で、いつどう話しても心身の不調が伝わることがなかった。

もうこれ以上働けない。でも辞められない。

働けない。でも、辞められない。

夕飯そっちのけで、頭の中で繰り返す。

働けない。でも、辞められない。

働けない。でも、辞められない。

死ぬしかない。

 

幸運なことに、胃は空っぽだった。

働けないのに辞められないなら死ぬしかない。

幸運なことはもう一つあって、私は医師からもらった薬の残りを律儀に溜めていた。

追い込まれ、首を絞められながら泥池の中に沈められるような苦しさだ。

死ぬしかない、死ぬしかないんだ。

 

自室に薬とペットボトルに入った水を用意し、パチンパチンと薬をシートから取り出した。

悲しいかな、目を閉じて大量の薬を流し込む間、瞼の裏に、前任の店長の顔が浮かんだ。

3秒に一回の感覚でチカチカと浮かぶ。

私はそれを振り切るように、薬を流し込んだ。

今もし、前任の店長に電話をかけて助けを求められたら、とも思ったけど、日付も変わっていたし、迷惑かなと感じてやめておいた。

私はそういうことができないタイプだ。

途中で、無性に愛の火3つオレンジという歌を聴きたくなって、イヤホンをつけて聴いた。

一曲だけリピートにして、聴きながら薬を飲んだ。

 

3秒に一回、チカチカと点滅する前任の店長の顔を「ちょっとどいてよ、邪魔だよ」と避けるようにしながら薬を流し込んで、いつの間にか眠たくなって、ベッドに横になった。

愛の火3つオレンジの歌詞のひとつひとつが今の自分にぴったりな気がした。

窓の外では風と雨がひどくなって、ほんの何時間か前よりも強い、ざあざあという音がしていた。