揺れるように

ソロ活動の記録とひとりごと

世のため人のため

 

 

 

ここ最近、お年寄りが車で事故を起こすニュースばかり放送されている。

一気に春に変わったから暖かくなって、気候的にぽやーっとしてしまってそういう事故が起こりやすいのか?と思ったけど、ちょっとそういうレベルではないくらいの数、同じような事故が起こっている。

いつどこで車が暴走して突っ込んでくるか分からないなんて、おちおち散歩もしてられないなと思う。

 

私は免許証を取得してから家の車を何度か運転した後、自主的に運転をしないことを選んだ。

病気と元々の性格的なものが合わさり、破滅的に運転に向いていない。

とっさの判断はできないし、車の運転に集中していること自体が難しく、とてもじゃないけれども車の運転なんて大それたことはできない。

人を跳ねてからでは遅いと思って、早いうちから車のない生活を選んだ。

 

私が免許証を取得した理由は、顔写真付きの身分証明書が必要だったからだ。

免許を取得した10年前はマイナンバー制度なんてなかったから、タバコを買う時、市役所で手続きをする時、各種ポイントカードの更新などのときに役立った。

車の運転が自分の身の丈に合わないと分かっていたので、教習所には通わないつもりでいたが、「このご時世に顔写真付きの身分証明書がないと生活が難しい」という父親の勧めで嫌々教習所に通った。

このとき父とは大げんかをし、「何十万もかけて身分証を取りに行くのか!」と私が怒鳴ったところ「そうだ!」と父に怒鳴り返されて、しぶしぶ免許を取得することになってしまった。

 

 

運転に関しては、まあもう見れたもんじゃない、乗れたもんじゃないという状態だった。

仮免に落ち、卒検に落ち、最後の学科試験も3回落ちた。

車の免許を取るとき、途中で原付教習を受けるが、それもとんでもないものだった。

もともと閉所恐怖症持ちなので、フルフェイスのヘルメットをつけるだけで震えと動悸が止まらない。

震えと動悸に困りながら原付を運転するから、乗り上げる、ウィンカーが出せない、速度調節ができない、止まれない、と、周りの教習生がドン引きするほど原付の運転ができなかった。

私は原付教習の後に1人だけ呼び出され、「お前には原付教習のハンコをあげられない。もう一度教習を受けるか、今ここで免許を取っても原付には乗らないと誓うならハンコを押す」と言われた。

「私、実は身分証明書を取りに来てるんです」と言うと教官は「じゃあ話が早いな」と言い、ドスンとハンコを押してくれた。

私の原付教習のあまりの不出来を聞きつけた担当の教官が、「酷かったんだってね」と私の様子を見にきた。

「原付教習が酷かった人」と教習所内で噂になって、通りすがりに顔を見られた。

さすがにこうなると、運転が酷いとか下手とかいうレベルではなく、「他の人より確実に運転自体に向いていない」ということを突きつけられた教習所生活だった。

 

路上教習では、煽られるが、運転に必死すぎて煽られていること自体に気づかず、教官から「煽られてるよ」と指摘されたりもした。

向いてない。壊滅的に、運転というものに向いていないんだ。

周りを見ることができないし、集中し続けること自体が私にはできない。

最終的に、卒検に落ちた補講のときに、気を抜いて運転していたら無意識に、信号のない横断歩道を渡る園児の列にアクセルを踏んだとき、「免許を取っても車の運転はやめておこう」と決めた。

教官がびっくりしてブレーキを踏み、「なんでここでアクセルを踏んだんだ」とびっくりして呆れていたときに、「私はいくら頑張っても運転だけはできるようにならないんだろうな」と感じた。

ちなみに無意識だったので、私も自分でびっくりしてしまい、「これはシャレにならんぞ」と自分に言い聞かせた。

 

私が車を運転しないのは、世のため人のためだと思っている。

人を跳ねてからでは遅い。

自分だけがどうにかなる事故ならいいけれど、もし万が一、人様を跳ねてしまったら…と考えると、どうしても車の運転はできない。

正直、私なんかより、無免許で運転しているヤンキーの方が何倍も運転が上手いし、事故を起こしたり人を跳ねる確率が何百倍も低いと思う。

私のような人間が車を運転してはいけない。

様々なことがよくわからない私だけど、生きてきてこれだけは、はっきり分かった。

 

車の運転ができないと不便だからとか、車を運転した方がいいとか言われることはたくさんあるけれど、とにかく、私のような死亡事故予備軍が自分のために車を運転してはいけない。

教習所の適性検査でも、事故違反多発タイプだったし、おそらく絶望的に運転に向いていないのだと思う。

 

運転するくらいなら歩きます。

散歩、得意です。

電車もバスも自転車も使います。

車に乗れない不便さよりも、車を運転したときに起こす確率が高すぎる事故のことを考えると、まだ不便な方がマシです。

 

私は高齢にならなくても今すぐにでもニュースに出るような大事故を起こせてしまいそうだな…と、テレビを見ながら感じる毎日を過ごしています。

車とは仲良くなれない人生だな。